03 11月 RAPT×読者対談〈第41弾〉古代から現代まで世界を支配してきたのは古代ケルトのドルイド僧である。
今回の対談は、「古代ケルト」と「古代エジプト」と「古代日本」のつながりについてお話をしています。
特に以下の記事を元にお話をしていますので、まだお読みになっていない方は、できれば先にお読みください。
○日本の古墳も生け贄儀式を行うためのドルイド教の祭儀場でした。
一応、こちらの記事も元にしています。
○古代ケルトのドルメンも日本の神社も同じドルイド教の生け贄儀式の祭儀場でした。
○世界を密かに支配するドルイド教の歴史。ドルイド教とゾロアスター教と古代エジプトと古代ギリシアと古代中国と永世中立国スイスとロスチャイルドと秦氏の奇妙なつながり。
で、これらのリンク記事を見てもお分かりの通り、古代の世界においても、「日本」と「エジプト」と「ケルト」は間違いなく何らかの交易があったものと考えられます。
ところが、日本史の授業では「遣隋使(西暦600年)」が中国に送られるまで、日本はどこの国とも交易がなかった、ということになっています。
○遣隋使 – Wikipedia
しかも、この歴史の定説を覆すような発見があったとしても、それらは全てなかったものとされるか、現在の定説に合わせた解釈があれこれと施されることになります。
しかしながら、「古墳時代」から既に、日本が「エジプト」や「ケルト」、「中国」や「朝鮮半島」と交易があったことは明らかなのです。
ところが、日本史だけに限らず、世界史もまたデタラメだらけで、「古代エジプト」も「古代ケルト」も他の国とは全く交易がなく、それぞれが独自の文化を形成していったということになっています。
しかし、何の交易もない国が、世界各地で似たような四角錐のピラミッドを、同じ岩を材料として作る、ということがあり得るでしょうか。
----------------(以下、こちらから転載)
ピラミッドといえば、エジプトが有名ですが、実は世界中にあります。
中国、日本、北アメリカ、南米、インド、インドネシア、ヨーロッパ、などなど数多くあります。
イリノイ州カホキア古墳は今まで古墳と解釈されていましたが、まぎれもないピラミッドです。
このカホキアピラミッドとまったく同じ形をしたのが、中国、咸陽にある前漢時代の皇帝陵です。
この皇帝陵もピラミッドで、のちに皇帝が自分の墓にしてしまったのです。このカホキアピラミッドと咸陽ピラミッドとまったく同じ形をしたピラミッドが、メキシコのテオティワカンにある太陽のピラミッドです。
日本のピラミッドは奈良の三輪山と大和三山、青森のモヤ山、大石神ピラミッド、秋田の黒又山、岩手の五葉山、福島の千貫森、富山の尖山、長野の皆神山、広島の葦嶽山など数多くあります。
これらは自然の山に手を加えた人工造山であることがわかっています。
日本のピラミッドは3000あると推測されています。
----------------(転載ここまで)
このように、似たようなピラミッドが世界各国にあるということは、古代から世界中の人々が互いに交易していたか、同じ文化を持った人たちが世界中に散らばっていたという証拠です。
また、今回は「ゾロアスター教」と「ミトラ教」の違いについてもお話しています。
実のところ、「ゾロアスター教」も「ミトラ教」もどちらも元は同じ多神教の宗教です。
で、「ゾロアスター教」では「ヴァルナ」という神様が最高神とされ、「ミトラ教」では「ミトラ」という神様が最高神とされました。
同じ多神教でありながら、最高神だけが違うというわけです。
で、「ヴァルナ」とは水の神様です。
そのため、日本の「水天宮」にもこの「ヴァルナ」が「水天」として祀られています。
○ヴァルナ (神) – Wikipedia
一方の「ミトラ」は太陽神です。
○ミスラ – Wikipedia
で、ゾロアスター教の開祖であるゾロアスターは「ヴァルナ」こそが最高神であるとして定めてしまったので、「ミトラ」を最高神としている人たちが怒って「ミトラ教」を作ったわけです。
○ミトラ教 – Wikipedia
同じ「神道」にも、「天照大神」を最高神とする人と、「スサノオ」を最高神とする人がいるのと同じようなものです。
で、この世の中には「ミトラ」のことを「バアル」だと言う人がいます。それは今回の対談の中でもお話した通りです。
その一方、「ヴァルナ」こそが「バアル」だという人もいます。
そのため、この辺のことは諸説紛々としていて、私もまだ何とも言うことができません。
また、「ヴァルナ」と「ミトラ」を合わせて「艮(うしとら)の神」だという人もいます。
「ヴァルナ」が牛で、「ミトラ」が虎というわけです。(だとしたら、「ヴァルナ」こそ「バアル」ということになります。「バアル」とは牛頭神のことですから。)
で、「艮の神」というと「国常立尊」のことですよね。(詳しくは以下のリンクをご参照ください。)
○JAL123便を撃墜して520人もの乗客を殺した「国常立尊」とは何者なのか。3.11と御嶽山噴火にもなぜか垣間見えるこの神の正体。
もっとも、この辺のところも諸説紛々としていますので、今後、詳しく精査していきたいと思っています。
それはともかく、「ヴァルナ」は水の神様であり、水といえば「青」。
実際、「ヴァルナ」は青い姿をしています。
で、これを模して映画「アバター」の宇宙人がデザインされたことは明らかでしょう。
で、「古代ケルト」の中心地スコットランドの国旗は「青」。
で、古代のスコットランド人は「青」と「白」に顔を塗っていたようです。(映画「ブレイブハート」より。)
一方、「ミトラ」は太陽神であり、太陽といえば「赤」。
で、「古代ケルト」の文化を継承した「ラ・テーヌ文化」の中心地、かつロスチャイルドの拠点であるスイスの国旗は「赤」。
このように同じケルト文化の人たちが「青(または白)」と「赤」に分かれていたということは、これまた彼らが「秦氏」と「出雲族」に分かれて源平合戦をしていたということなのでしょうか。(この意味がわからない方は以下のリンクをご覧ください。)
○RAPT×読者対談〈第38弾〉関ヶ原の戦いも明治維新も第二次世界大戦もすべては源平合戦だった。
また、「聖徳太子」が空飛ぶ「馬」に乗って飛んでいたという伝承は以下になります。
----------------(以下、こちらから転載)
『聖徳太子伝暦』や『扶桑略記』によれば、太子は推古天皇6年(598年)4月に諸国から良馬を貢上させ、献上された数百匹の中から四脚の白い甲斐の黒駒を神馬であると見抜き、舎人の調使麿に命じて飼養する。
同年9月に太子が試乗すると馬は天高く飛び上がり、太子と調使麿を連れて東国へ赴き、富士山を越えて信濃国まで至ると、3日を経て都へ帰還したという。
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これは本物の「馬」のことではなく、もしや「飛行機」のことではないかと思ってしまいます。
何せ、ドルイド僧たちは当時の他の人たちとは比べ物にならないほど優れた知恵と技術とを有していたからです。
実際、聖徳太子は「秦氏」であり、「秦氏」とはドルイド僧の末裔です。
○「聖徳太子」も「平清盛」もゾロアスター教徒であり、ロスチャイルドの先祖です。
で、聖徳太子が建てたと言われている「法隆寺」は、現代の耐震技術よりも遥かに先を行っていたことが分かっています。
○五重塔は耐震設計の教科書【プラント地震防災アソシエイツ】
ドルイド僧たちは言葉を文字にすることを禁じられ、口承ですべての知識を伝えていました。(詳しくはこちら)
そのため、「聖徳太子」が暗殺された後、「聖徳太子」の有していた知恵や技術が子孫に伝わらなくなってしまったのでしょう。
その結果、「聖徳太子」の持っていた建築技術は失われ、現代の建築家たちが「法隆寺」を見ながら、あれやこれやと当時の建築技術を学ばなければならない羽目になってしまったわけです。
また、キトラ古墳に描かれた天文図については、これまた学者がいかにもデタラメと思われる学説をあれこれと唱え、我々庶民を煙に巻こうとしています。詳しくは以下のリンクをご覧ください。
○キトラ古墳に描かれた天文図は何処の星空?
このキトラ古墳の星図についての真実を解明してしまうと、これまた「古代日本」と「古代エジプト」と「古代ケルト」が一つにつながってしまうため、こうして学者たちは誰にも納得できない適当な学説ばかりを唱えているのかも知れません。
ということで、今日は最後に古代ケルトのドルイド僧について、かなり明確に解説された面白い記事を見付けましたので、皆さんにご紹介しておきたいと思います。
----------------(以下、こちらから転載)
■ドルイド僧の魔術
ギリシアの哲学者ディオ・クリソストモスは、ヒンドゥー教のバラモン、ペルシアのマギ、そしてエジプトの司祭と同等のものと見ている。
オカルト主義者ルイス・スペンスなどの著述家によってドルイド僧はシャーマンであるとの論説を出している。
ドルイド僧に見られる習慣には、夜の焚き火、太鼓打ち、詠唱、恍惚の状態での踊りなどが挙げられ人間を犠牲にする社会に典型的に見られる物の怪に取り憑かれた集団であったとも言われている。
しかし 聖職者の一員としてケルト人社会と信仰生活に大いに貢献し重要な役割を果たしたことは確かである。
ドルイド僧は宗教的儀式を執り行いケルト民と神々との仲介役を果たした。
ドルイド僧の神託をと教育は、ケルト人の道徳心、倫理、天文学、自然の法則にまで及び 更には神々の力によって得られる不死の概念まで教えた。
彼らはある種の樹木や動物の聖なる力には 病への治癒力が与えられていると信じ、宗教儀式や病気治療に利用した。
例えば天からのお告げは「ヤドリギ」に宿り解毒剤、或いは不妊治療にも使用された。
これらは 家畜にも有効利用された。
樫の木は 聖なる森から来たものであると考えられ、その葉は宗教儀式に欠かせないものであった。
樫の聖なる森は 全ての決定を下す神殿としての役割と裁判が執り行われていた。
ケルト人はとりわけ水の神々を信じ、川の水源湖などで行われる集会もあった。
こうした儀式の一貫には、動物や人間の犠牲が神々に捧げられた。
祈祷が始まり酒を酌み交わす。
犠牲は枝細工の籠に入れられ生きながら火あぶりにされたり火刑の柱に括り付けられ剣で刺されたり矢で射抜かれたりされた。
ローマ人を激怒させたのはこの犠牲の残酷さであった。
元老院法令は直ちに野蛮な習慣を不法としキリスト教改宗へと導いた。
とあるが、征服者であったローマ人の記述であることから、これらの内容は疑うべきところでもある。
後世のある著述家によれば これら儀式は剣で突く真似だけだったとドルイド僧に対する弁明をしたが、多くの研究者は、儀式の習慣による犠牲は行われていたと言及している。
ドルイドの儀式の唯一現存する記録は「ブリニウス」の書き残した「ヤドリギ取り入れの儀式」である。
月齢六日目、月は満ちる途中ではなく既に力が満ち溢れている。
白い長衣をまとったドルイド僧が樫の木の根元に生贄の二頭の牛を繋ぎその木に登る。
左手を使い金の鎌でヤドリギを切り取る。
このとき枝葉は、絶対に地面に落としてはならない。
樫の木下では白い布で他のドルイドがその枝葉を受け取る。
それが終わると二頭の白い牛が犠牲として神々に捧げられ祝祭が始まる。
犠牲にされた動物などの苦しみを内臓の変化により読み取り未来の出来事を預言する。また宗教的祝祭の間は夢での占いも行われた。
ある男は、ドルイド僧が詠唱をはじめると眠りに落ちる。
その男は目覚めると直ちに夢の出来事を語り始め、それをドルイド僧が未来の予言として解釈を行う。
17世紀、衰退したはずのドルイド僧に再び関心が集まった。
イギリスの好古家ジョン・オーブリは ストーンヘンジ建設に至ったのはドルイド僧であったと示唆する。
学説とも呼べないずさんさであったため一世紀ほど無視されていたが、18世紀ウィリアム・シュテュークリがオーブリ説に賛同。
後に近代ドルイド教の創始者となる。
更に1781年「古代ドルイド教団」がフリーメイソンの影響をうけた大工のヘンリー・ハールによって慈善団体として設立されるも、1833年には分裂。
二十世紀初頭までに近代ドルイド教団が5団体以上できたが、そのほとんどが現在活動を行わず消滅していた。
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なお、ドルイド教についてのさらなる詳細は、以下のリンク等をご参照ください。
○島津家と毛利家が日本を支配していることの本当の意味。またはハロウィンが「国常立尊」を召喚するお祭りである可能性について。
○ハロウィンももともと悪魔崇拝者たちの行う生贄儀式でした。ハロウィンとバアルと秦氏と大正天皇との奇妙なつながり。
対を成すもの
Posted at 17:14h, 04 11月コメントの場を借りてすみません。
とてもためになる動画だと感じたので紹介させてください。
RAPTさん理論を学んでいる方にとっては目新しいものではありませんが、仏や祖先霊、太陽などを偶像礼拝する日本人の宗教心が問われる内容となっています。
天皇家の信仰と崇拝は皇祖霊であり、それは怨霊としての性格が濃厚であることや、神道は日本固有の宗教だと思い込んでいる人がほとんどですが、実は外来の宗教と言わざるを得ないのが実態であってチャンポンであること、などが語られています。
また、神道や仏教を研究している及川吉四郎さんの著書、日本人の宗教心から、「仏教は無神論・無霊魂であり、神でも死者の霊でもないものを拝んでいるとすれば、なにを拝んでいるのか。答えはただ一つ。堕落天使・悪魔以外にはない、ということになる。残念ながら、神道の神は魔神ということになる」と、爆弾的な一文も引用されています。37:00あたりからです。
RAPTさん理論と比べたら物足りなさはありますが、信仰の対象がわからない「さまよえる日本人」に疑問を投げかける動画だと思います。
https://www.youtube.com/watch?v=qj40HcB1oq8
誠
Posted at 18:35h, 04 11月古代の日本人は、「文身鯨面す ぶんしんげいめんす」、全身に刺青を施す文化があったということを、文化人類学の先生より伺いました。もう何十年も昔のことです。アジア、ポリネシア、
全身に刺青を、また顔面にも刺青の文化、ということでネット検索をすれば、出てきました。
NAVER まとめ 古代日本人は顔面(入れ墨メイク=アートメイク)や身体に刺青(入れ墨)、タトゥーをしていた
という文章、また、
ニフティサイトの記事 nifty 入れ墨の文化
に詳しいです。