RAPT | RAPTブログ読者の証言〈VOL.34〉11月11日の祝祭の日に受けた主からの恵みについての証言6。
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RAPTブログ読者の証言〈VOL.34〉11月11日の祝祭の日に受けた主からの恵みについての証言6。

RAPTブログ読者の証言〈VOL.34〉11月11日の祝祭の日に受けた主からの恵みについての証言6。


 
毎年11月11日は、神様が私たちに祝祭の日として特別に定められた日です。
 
この日には、私たちが神様に出会って救われたことをお祝いしなさいと主が仰られました。
 
そのため、多くのRAPTブログの読者の方たちがお祝いをされたかと思いますが、実際にお祝いした方たちの多くが、この日にはいつもと違う祝福された幸福な時間を過ごすことができたようです。
 
しかし、読者の皆さんの中には、逆に11月11日にいつになく辛い体験をされた方もいらっしゃいます。
 
確かに11月11日は、主が私たちをサタンの妨害から日として定めて下さいましたが、主と私たちがもっと愛を深められるように主が叱咤激励してくださる日でもあるからです。
 
つまり、主との愛を深めてきた人にはさらに愛を深められるように恵みを増し加えてくださる一方で、主との愛を深めてこなかった人には尻を叩いてでも主をもっと愛するように導かれる日なのです。
 
今回はそのように11月11日に主からの裁きを受け、主との愛を深めることになった方からの証言になります。
 
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RAPT様
 
いつも神様の尊い御言葉を宣布してくださり,本当に本当にありがとうございます。
  
私もRAPT様・神様の御言葉で救われた人間の一人です。
 
RAPT様・神様のおかげで価値観,考え方が大きく変わったのです。
 
以下は,私のRAPT様と神様へのお礼の言葉と懺悔の言葉になります。
 
私の弱い信仰心のために,RAPT様の時間を貴重なお時間を割いていただくことは大変心苦しく,神様の御心に沿わない場合には,本メールは捨て置いていただければと思います。
 
まず,僭越ながら私がどのようにRAPT様,神様に救っていただいたか書かせていただきます。
 
私は,本当に強欲な人間でした。
 
お金持ちになりたい,権力をもちたい,有名になりたい,そのような俗物の考えで生きてきました。
 
しかし,そのような俗物的な考えではなく,神様を愛し,神様の考えに従って生きることこそが本当の喜びだと教えてくれたのが,RAPT様であり神様でした。
 
私の父親は,職場でよく上司や同僚からいじめにあっていました。
 
無口で無愛想で頑固なところがある父でした。
 
職場でつらい思いをしてきたので,家に帰ってきても,いつもふてくされて不機嫌そうな顔でいました。
 
どうにも仕事がうまく進まず不遇な扱いを受けていたのです。
 
ただ,父は,私と弟の二人の子供には優しかったのです。
 
私は優しい父親のことは好きだったのですが,同時に物心ついたころには,父親のような不遇な扱いは受けたくないとも思うようになっていました。
 
育ててくれた父への感謝を忘れ,付き合い下手な父を,どこか見下すようになっていたのです。
  
私の母親は,自分のことしか考える余裕がない方でした。
 
私の母親の父親(祖父)が突然書き置きを残して,私の祖母,母,母の姉の3人を残して夜逃げしました。
 
そのため,祖母が働いて生活が安定するまでの間,母と母の姉は,別の方に引き取られました。
 
その後しばらくして,祖母の仕事が見つかり生活が安定したため,3人で生活するようになったという過去があります。
 
私の母親はその時の生活への不安が消えず,そのためか母親の考えは本当に消極的で,ただ安定した生活をすることが一番の人間でした。
 
私にもよく「公務員になれ」と言いました。
 
母親はよく父親のことを馬鹿にしていました。
 
仕事ができない,人付き合いがへたくそだと。
 
私はその言葉を聞くのが嫌でしたが,いつの間にか,本当にそうなんだろう,と思うようになり,だからこそ父親のような不遇な扱いは受けたくないと思っていました。
 
ある日,布団に入り寝ようとするときに,父親から「お前は俺みたいになるな」「自由にやりたいならえらくなれ,出世しろ」と言われました。
 
このことは今も覚えています。
 
また,両親は共働きで私と私の弟を育ててくれましたが,決して経済的な余裕もありませんでした。
 
それもあって,私は,権力がほしい,出世したい,そして安定した生活を送るためにお金がほしい,そうすれば,幸せになれる,と強く強く思うようになりました。
 
学校の勉強もしました。
 
すべてそれらが欲しかったからです。
 
勉強をすれば成績は上がりました。
 
私は調子にのり,高慢になりました。
 
人を見下し,人より優れていないと気が済まない,地位・名誉・お金がほしいと強く思いました。
 
私は,官僚になりたいと思っていました。
 
官僚になればすべて手に入ると。
 
ただ,官僚でトップを目指そうとするなら,東大に行かなければならないということも高校の時にわかりました。
 
ただ,ある程度勉強すると,自分には東大に行けるほどの学力はない,だから官僚は難しいかもしれない,と思いました。
 
ただ,京大に行けば,トップに近いところに行けると思い,京大を目指しました。
 
しかし残念ながら,私は,京大に合格できませんでした。
 
その時に私は,官僚の道は絶たれたと思ったのです。
 
ただ,官僚の道は絶たれましたが,すべてをあきらめることはできませんでした。
 
今までの努力が水の泡になってしまうからです。
 
では,今からでも地位・名誉・お金が手に入りそうな職業は何か?
 
学歴も関係がなく,手に入るものと言えば何か?
  
私にとっては,それが弁護士という職業でした。
 
紆余曲折はあったものの,奨学金を借りバイトをしながら勉強を続け,ついに司法試験に合格しました。
 
私は,弁護士になり,地位・名誉・お金が手に入りやすいと考えた事務所に入所しました。
 
私は,今までの遅れを取り戻すかのように,がむしゃらに働きました。
 
司法試験の勉強をしている間にも,同世代の人間は,会社で働いてお金を稼いでいて,結婚する友人もいました。
 
私は,同世代の彼らを見て,本当にうらやましく思っていましたし,自分がまだただの司法浪人であることが悔しかったのです。
 
私は,地位・名誉・お金を強く欲して,出世レースに身を置きました。
 
そして,がむしゃらに働いたこともあって,同期争いを制して出世していったのです。
 
そうしたある日,私は,昇進によって,東京で働くことになりました。
 
その時に私は,地位・名誉・お金,自分が死ぬほど欲しかったものが手に入ったように思いました。
 
また,今の妻とも結婚し,幸せになったつもりでいました。
 
異性の罪も犯しました。風俗に行ったり,女性との出会いの場に行ったりしました。
 
お金を持つと,そのように遊ぶことが楽しいことだと,幸せなことだと勘違いしていたのです。
 
しかし,そうしたものはわずかな間は楽しい気持ちにさせてくれても,決して私を満たしてくれませんでした。
 
むしろ不安で不安で仕方ありませんでした。
 
今のこの状態はずっと続くのか,誰かから権力の座から蹴落とされないか,お金がもっとないと不安だ,もっといろんな女性と付き合いたい,等々。
 
どうすればこの不安と醜い欲望から逃れられるのか。
 
常に何かから追い立てられる感覚を受けました。
 
ただ,前向きで明るい方向に進むのではなく,後ろ向きで暗い方向に進んでいると思いました。
 
しかし,人生とはそういうものだと思い込んでいました。
 
私は,不安と醜い欲望から,もっと欲しい,もっと手に入れようとしました。
 
すると,自然と労働時間は増え,妻と過ごす時間がなくなり,夫婦関係も極めて悪化しました。
 
家に帰れば,喧嘩が絶えず何度も妻を泣かせました。
 
私は,心がもっと冷たくなっていきました。
 
どうすれば逃れられるのか。
 
家に帰っても,妻と喧嘩するばかりでつらくしんどい。
 
離婚して一人の時間がほしい,ただ離婚して財産が持っていかれてしまうのも嫌だ。
 
かと言って他の女性と肉体関係を結んでも,満たされずむしろ苦痛になる。
 
仕事をすることで気を紛らわそうとしても,集中できず仕事がはかどらない。
 
仕事ができないから,自分に自信を失っていく。
 
仕事をやめたい,でも仕事をやめたら収入がなくなる,今まで築いたものも失う。
 
思考は堂々巡りで抜け出せませんでした。醜い欲望と自己中心の考えでした。
 
この状態がずっと続くと思うと,心底ぞっとしました。
 
まるで無限の地獄のように思ったのです。 
 
これが,私の当時RAPT様のブログに出会う直前に陥っていた状況です。
  
一方で,私は,堂々巡りのループに入る前に陰謀論に興味を持ち始めていました。
 
これは,のちにRAPT様が仰った御言葉の中の,「アセンションは,イルミナティの存在を世間の人が知るという形で出ていた。」という時期と重なります。
 
私は,よくビジネス書,自己啓発本のようなものを読んでいました。
 
秀でた人間になるため,出世するためには,経営や経済の勉強が必要だと思ったからです。
 
その中で,偶然に,三橋貴明の本を手に取ってみたときに,世界を支配している人がいるような記載があったのです。
 
その時の私は,我欲が強く,本当に世界を支配している人間がいるのなら,どんな人間なのだろうと興味本位で見ていました。
 
電子書籍で読んでいたので,関連本が表示された中に,苫米地英人の本もあったので,そちらも手に取って読みあさりました。
 
そのようにして,「陰謀論」なる分野があることを知っていったのです。
 
陰謀論,イルミナティーという言葉をある程度理解した頃に,仕事で昇進が決まり,東京で働くことになりました。
 
しかし,私は,関東方面に行くとなると,東日本大震災で放射能の影響があると不安になりました。
 
自分が東京にいる間は,自分と妻に対する健康被害は最小限に抑えないといけないと思ったのです。
 
そのため,陰謀論とともに健康関係の書籍や情報を調査していくと,内海医師にたどり着きました。
 
内海医師の書く記事の内容を見ると信じられないような内容のオンパレードでした。
 
私は,内海医師が書いてある内容が真実なら,本当にとんでもないことだと思いました。
 
一刻も早く東京を離れないと,とも思いました。これほど放射能の危険性があるとは,と。
 
とはいえ,私にとっては仕事が命だったので,直ちに東京から離れることはできませんでした。
 
そこで,内海医師などの話を参考に,食品関係でできるだけ健康被害のないと思うものを調べて取り入れていました。
 
ただ,内海医師の書いてある内容の中に,一般の人を馬鹿にしたような記載(グーミンなど)も多くみられました。
 
また,内海医師の記載内容を見ても,不安をあおるだけで何も解決しないことも多くありました。
 
ですから,書いてある内容は衝撃的だったのですが,内海医師のことは正直好きになれませんでした。
 
そして,内海医師が,変な通販(妙に高額な)をし始めるようになってからは完全に情報をシャットアウトすることにしました。
 
そして,仕事が忙しくなり始め,陰謀論のサイトを見る時間がなくなってきたことと,陰謀論のサイトを見ても,不安だけが募って後味の悪くなることもあって,一度完全に陰謀論のサイトを見ることをやめてしまっていました。
 
ところが,上記の地獄のループに入ったときに,どうすればこの不安から逃れられるのかばかりを考えていると,どうにも仕事が手につかなくなってしまったので,ふとしたときに陰謀論のサイトをもう一度見てみようと気になったのです。
 
すると,偶然にRAPT様のブログにたどり着いたのです。
 
他の兄弟姉妹の方も書いておられる内容ですが,RAPT様のブログは,陰謀論関係のブログなのに,なぜか陰鬱な感じを受けませんでした。
 
陰謀論のブログは,どれも恐怖をあおるばかりで読み終わった後は,ただただ不安になったのですが,RAPT様のブログは誠実さと優しさ,温かさが感じられたのです。
 
そこから,RAPT様の記事を読みふけるようになりました。
 
当初は,有料ページは見ず,無料のページから読み進めていきました。
 
すると,今までの陰謀論とは一線を画した,驚くべき内容が書かれていました。
 
それは,「神様」と「悪魔」が実在するということです。
 
また,肉だけではなく,「霊」というものが存在するということです。
 
私も,私の両親も無宗教でした。
 
ですから,神様や悪魔というもの,霊について真剣に考えたり,感じたりすることもありませんでした(受験のシーズンは神社にお参りにいきましたが。。)。
 
むしろ,神様の姿なんて誰も見たことないんだから,いるわけない,とすら思っていました。
 
そして,宗教は人の人生を破綻させる危険なものだとも。
 
ですから,昔の私であれば到底信じることができない内容だったはずなのです。
 
それに私は,弁護士でもあり,ある意味「疑う」ということを仕事にしています。
 
だから私のこれまでの人生を振り返れば,神様がいると直ちに信じることはできなかったはずなのです。
 
しかし,RAPT様のブログの内容を見た途端,自分でも意外なほど,本当に不思議なほど腑に落ちたのです。
 
これは神様の存在を信じるしかない,と直感的に思ったのです。
 
自分が今これほど苦しめられているのはなぜなのか。悪魔のせいではないのか。
 
でも,ここでRAPT様のブログにたどり着けたのは神様のおかげではないのか。
 
ここで神様は自分を救う機会を与えてくださったのではないかと。
 
そして,神様を愛するということ,それが人間にとって一番幸せなことであるということ。
 
それを知った時には,もう憑き物がとれたような感覚でした。
 
自分の今まで不安が嘘のようになくなり,地位や名誉やお金に対する猛烈な執着が薄まったのです。
 
そこから,もっと聖書の内容を直に読んで知りたいと思い,聖書を購入して通読しました。
 
今まで読んだ自己啓発本では得られない感動を得て,もはや自己啓発本を読むことができなくなりました。
 
RAPT様や兄弟姉妹の方がおっしゃるように,自己啓発本は,悪魔側が書いた本なのだと心底思いました。
 
なぜなら,神を信じることへの言及がなく,結局自分を信じろ,というものにすぎないからです。
 
私は,以前に,ナポレオンヒルの書いた,「悪魔を出し抜け」という自己啓発本も読んだことがありました。
 
ナポレオンヒルが悪魔(一応,「内なる自分」とされていたような記憶がありますが。)と対話しているという本です。
 
今思うと禍々しく,もう読む気にもなりません。
 
「悪魔を出し抜け」というタイトルの本なのに,悪魔を倒すはずの神や天使に対する言及がほぼ記載されておらず,結局,人間としての自分を信じろ,という本だったように思います。
 
本当におかしな話です。
 
正直,RAPT様のブログを読んでしばらくしたら,RAPT様っていったい何者なんだろう?という疑問は何度も持ちました。
 
これほど陰謀論に詳しいということは,やはりほかの陰謀論者のように誰かに操られているか,イルミナティーの一員なのではないかとも。
 
しかし,それにしては,陰謀論の内容が確信に迫りすぎている気がして,イルミナティーの人間がこんな情報をあえて流すだろうか。と。
 
何よりも,直感的にRAPT様がイルミナティーの一員だとは思えなかったのです。
 
なぜなら,私を本当に目覚めさせてくださった方だったからです。
 
絶え間ない不安から救ってくださった方だったからです。
 
私に神様の存在を教えてくださった方だったからです。
 
その後もずっと有料記事を楽しみにして,御言葉を聞かせていただき続けました。
 
そして平成28年10月の「千年王国」のお話を聞かせていただいたとき,私は歓喜にふるえました。
 
手と体が熱くなり,確かな「熱」を感じたのです。
 
あれは,聖霊様だったのかもしれません。
 
RAPT様のブログにあうまでは,朝起きても陰鬱な気分でした。
 
今から仕事に行かなければならないのかと。
 
疲れとストレスが取れずにずっと苦しい思いをしていました。
 
働く意欲も気力も自信も失い,なぜかやる気が出ない。
 
しかし,それらがなくなったのです。本当に憑き物が落ちたのです。
 
物事を前向きにとらえられるようになり,卑屈な気持ちがなくなっていきました。
 
見栄もなくなり,自然体の自分でいられるようになりました。
 
他にも書きたいことは沢山あるのですが,本当にRAPT様には心から感謝しております。
 
本当に本当にありがとうございます。
 
以上が,RAPT様と神様への感謝のメールになります。
 
今も有料記事の御言葉と,朝会の音声を聞かせていただいております。
 
本当に本当にありがとうございます。
 
ただ,このタイミングでこのようなメールを差し上げたのは,実は,自身の未熟さをご報告させていただきたかったからなのです。
 
私は,信仰の4本の柱を実践できておりません。
 
それを正直に告白させていただくためにメールを差し上げました。
 
11月11日を迎え,RAPT様,兄弟姉妹の方々は,神様の加護ある幸福のもとでお過ごしになられたことと思います。
 
ただ,私は,その日は,仕事に関することでとても嫌な出来事が起きたのです。
 
悪意のある第三者から,あらぬ告発を受けたのです。
 
警察沙汰になるような話でもなく,弁護士バッジを失うというようなものでもありません。
 
確かに仕事上で多少の影響は出る可能性もありますが,大きなものではないと考えています。
 
しかしながら,問題はそこではなく,何よりも11月11日という大切な日に,嫌な出来事が起きている,ということが,私自身が不信心な証です。
 
RAPT様,神様は,たびたび,羊と山羊を分けるとの御言葉を下さいます。
 
つまり,私は,山羊に分類された,ということだと思いました。
 
改めて気づかされました。私が怠けているということに。
 
あれほど,RAPT様や神様が御言葉を下さっていたというのに。
 
何度も何度も下さっていたのに。
 
私が「千年王国」の話を初めてお聞きしたときに受けた感動は,間違いないものです。
 
本当に心から感銘を受けました。
 
RAPT様のブログにあえて人生を変えていただいたのも事実です。
 
本当にそのように思っているのです。
 
それにもかかわらず,私は,信仰の4本の柱を実践できておりませんでした。
 
なんと,不信心で,愛のない人間でしょうか。なんと感謝のない人間でしょうか。
 
RAPT様は,「感謝」が「愛」とおっしゃいました。
 
実は,11月の頭頃に,私の事務所に,小中学校と通っていた塾の先生が偶然に挨拶をしてくださりに来られたのです。
 
本当にたまたま近くを通りがかったとおっしゃっていました。
 
私はこの先生に,もう10年以上も会っておりませんでした。
 
弁護士になったことも自らの口で報告しておりません。
 
今回先生に来ていただいたときに,初めてご報告しました。
 
その時に,恩を受けたことに対する「感謝」の大切さを神様が教えてくださっていたように思うのです。
 
なぜなら,RAPT様の感謝のお話が出たタイミングと,先生が来られたタイミングが重なるからです。
 
この時に,私は真摯に悔い改め,感謝するということが必要でした。
 
つまり,私が存在することを許してくれていること,今この瞬間も生かしていただいていること,神様の存在に気づかせていただいたこと,不安と醜い欲望から救ってくれたこと,そのほか今私があるそのすべてに,神様とRAPT様への必死で感謝しなければならなかったはずなのです。
 
しかし,私はそれを怠っていました。
 
明け方への祈りの習慣を怠り,賛美もRAPT様の朝会の音源に合わせて歌うのみで,伝道も妻に少ししましたが到底目覚めるには至っておりません。
 
RAPT様の御言葉を音源で日々聞かせていただいておりますが,聖書は毎日読んでいるわけではなく1週間に数時間読む程度です。
 
これが私の現状です。
 
なんと不信心で情けなく愛のない人間でしょう。
 
RAPT様,兄弟姉妹の皆様が神様の歴史を急ぐこの時に。
 
必死で食らいついて行かなければならないこの時に。
 
心から悔い改めます。
 
本当に大変申し訳ございませんでした。
 
本日から,明け方にお祈りの時間をしっかりとり,木の多い公園(近くに山がなく申し訳ありません。)に行って酸素を多く取り入れ,神様とRAPT様を愛し,自らを悔い改め,深くお祈りをいたします。
 
神様の歴史を急ぐこの時に,かような低次元のメールをお送りしてしまい大変申し訳ありませんでした。
 
神様,RAPT様,兄弟姉妹の方々に近づけるよう邁進いたします。
 
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確かに今回の証言者は、模範的な信仰者ではありませんが、このように少しずつでも主に近付こうと努力されている姿を見て、主も喜ばれていることでしょう。
 
主からの裁きを受けたとき、それをただのサタンの攻撃だと考えるのではなく、素直にそれを主からの裁きだと認めて、自らの行いを正していくことが重要なのです。
 
ということで、これからも引き続き読者の皆さんからの証言を募集いたします。
 
11月11日の体験談でなくても、主から受けた恵みについて証したいことがあれば、どんなものでも構いません。
 
どうぞ奮ってご応募下さい。
 

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