RAPT | RAPTブログ読者の証言〈VOL.33〉11月11日の祝祭の日に受けた主からの恵みについての証言5。(30代女性)
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RAPTブログ読者の証言〈VOL.33〉11月11日の祝祭の日に受けた主からの恵みについての証言5。(30代女性)

RAPTブログ読者の証言〈VOL.33〉11月11日の祝祭の日に受けた主からの恵みについての証言5。(30代女性)


 
皆さんから数多くの証言が次々と送られてきているため、本日も二つ続けて読者の方の証言をご紹介いたします。
 
今回の証言者は、過去にスカイプの朝の祈り会に参加していた30代の女性による証言になります。
 
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RAPTさんと、愛媛の教会を支え、最前線で戦ってくださっている兄弟姉妹の皆さんに心から感謝いたします。
 
教会ができ、毎日の配信を与えられてから、神様はこの遠い地でも、奇跡のようなことを起こしてくださっています。
 
実際は音声から伝わる何百倍ものことが起こっていると想像しますが、すべてのことをモデルケースに、共に成長する糧にしたいと思っています。
 
いつもありがとうございます。
 
11日は、思ってもいなかった形で祝福に満たされた一日でした。
 
その日の聖霊の強力さというより、いまのわたしがもっとも願っていることや、わたしの性格や感覚を、わたし以上に神様がわかってくださっているということ、いま愛されているし、いままでも愛されてきたことがわかる祝福のされ方でした。
 
人生ののっぴきならない大事件だと思っていたことごとは、すべて、神様に導かれるための準備だったのだと、さらに信じることができた一日でした。
 
じつはいま、家を建てています。
 
母と夫と3人で住む家で、選ぶ必要のあるものはわたしが選んでいますが、資金はすべて母の貯金です。
 
なぜ母にそんな貯金があったかというと、ほんとうは10年前に、父との家を建てているはずだったからです。
 
10年前、定年退職と同時にふたりで住む家を建てる話が進んでいながら、でも父は、退職後すぐに亡くなりました。
 
そのことで、当時同居していて、家が建てば近所の叔父(父の弟)の家に引っ越す予定になっていた祖母(父の母)が、「この家で死にたい」と言い出し、家の話は止まったままになっていました。
 
そうこうしているうちに、5年前、わたしが県外から実家に帰ることになりました。
 
しばらくしていまの夫と出会い、おととし夫が引っ越してきました。
 
そのあとRAPTブログに出会い、ふたりで信仰を持つようになりました。
 
そして去年、祖母が施設に入りました。
 
施設に入ったことでもう「この家で死ぬ」ことは叶わないとわかった父の兄弟が皆、母に「もう祖母のことは気にせずに家を建てればいいよ」と言ってくれ、現在に至る、というわけです。
 
もし10年前に家が建ち、まだ父が生きていれば、5年前、わたしが帰る場所はなかったと思います。
 
その場合、わたしはどうなっていただろうと想像するとぞっとします。
 
なぜなら実家に帰る前、わたしは長い付き合いのあった恋人に暴力を受けていたからです。
 
死ぬことまで考えかけたときに、でも奇跡的に作家デビューできることになりました。
 
作家になることこそずっと願ってきたことですから、とにかく自由で安全な場所に逃げたかったのですが、わたしは父とも折り合いが悪かったので、父がいれば実家もまた、自由で安全な場所にはなり得ませんでした。
 
そうすると、ヨルダン川を渡らずにエジプトに戻ろうとした民のように、もしかするといまでも100のものが得られる可能性のある自由より、50のものが失われない不自由を選びつづけていたかもしれません。
 
家が建ってから父が亡くなっていたとしても、ふたり用の家ですから、そのあと夫が引っ越してこられる場所がなかったと思います。
 
ずっと止まっていた父と母の約束の家が、住む人を変えて再び動き出したとき、10年かけてすべてがちょうどよくなっていっているのを感じていました。
 
ちなみにデビュー後、わたしが地元に帰ったと伝えたとたん、出版社は手のひらを返したように対応が悪くなり、それっきりです。
 
理由も説明されず、まったく理解できず、当時かなり困惑も憤慨もいたしましたが、いまとなってはあれは、神様がわたしに与えてくださった「出エジプト」だったと思っています。
 
その後RAPTブログに出会えたことで、出版業界に深入りしなかったこともじつはとてもよいことだったとわかり、二重で感謝しています。
 
さて、11月11日。
 
御言葉では「普段と違うことをしなさい」とのことでした。
 
夫は大工をしていて、土曜日も仕事なのですが、11日はわが家の建築作業が仕事だったので、仕事ではありますが「普段と違うこと」だし、自分の住む家を建てるのに11月11日に携われるなんて祝福以外の何物でもないので、夫は仕事に行くことにしていました。
 
わたしは夫とは別行動になりますが、お昼間は神様とドライヴデートをして温泉に行き、夜は夫と食事をするつもりでいました。
 
御言葉では「普段食べないものを食べなさい」とのことでした。
 
わたしの地元は「洋食の街」として有名な(らしい)のですが、RAPTブログを知った上で考えると、正直なところ外食は気が進みませんでした。
 
なぜなら、たとえば地元一とされているフレンチは、かの木村秋則氏とがっつり手を組んでいますし、地元一とされているイタリアンは「自家製」が売りですが、イタリアワインを混ぜて醸造したものを自家製と称して人気を得ている有様です。
 
技術やしつらえでは家庭料理の比ではないですが、波長やたばこの煙などのことを鑑みると、しかも11日のような特別な日に食べにいきたいお店は、どこも思い浮かびませんでした。
 
それで11日の夜は、インターネットで調べて、家で過越の食事をつくって食べることにしていました。
 
前の日から仕込み、当日はドライヴから帰って種なしパンを焼き、羊に火を入れればいいだけにしておきました。
 
ですが、11日当日、です。
 
愛媛でも嵐のような風が吹きすさんだとおっしゃっていましたが、こちらもものすごい雨風でした。
 
その一週間前もおなじように雨風がつよかったのですが、そのときはなだめるように賛美したらしずまった、ということを経験していたので、主が怒っているのかと思って賛美しました。
 
でも今回はちっともやむ気配がありませんでした。
 
「主よ、何かお怒りですか……?」と訊いてもこれといった反応はなく、聖霊も、受けるには受けるのですが正直予想していたほどではなく、なぜだ、なぜだ、と思いながら、とにかく悔い改めとお祈りをしました。
 
予定では、朝、夫が仕事に出たらわたしもすぐドライヴに出るつもりだったのです。
 
でも明け方のことが気になり、霊的に満たされ足りない感じがあって、御言葉を蓄えるために有料記事の編集をしてから出ることにしました。
 
前の日までも、「主よ、どこに行きたいですか?」と訊いてもこれと言って思い浮かぶ先もなく、加えて雨もひどかったので、ドライヴそのものをちょっと億劫に感じていたのも正直な気持ちでした。
 
「有料記事の編集」とは、有料記事を別形式に編集する作業のことで、なぜこれをするようになったかは後述いたしますが、とにかく毎日の御言葉の復習を兼ねた、満ち足りた時間になっているのです。
 
家でその作業を1時間くらいしたときです。
 
夫から電話がかかってきて、言いました。
 
「きょうは雨がひどいから、先輩はやる気をなくして仕事の指示だけして帰ってしまい、僕ひとりになりました」
 
いつもは先輩方の段取りとペースで仕事をしているので、ひとりで作業というのは、仕事量は格段に減るのですが、ほかのことは自由にできるわけです。
 
普段は歌いながら仕事をするなどあり得ないわけですが、これも11日の祝福か、と思い「賛美しながら作業ができるね」と言うと、夫は、「手伝いにきてくれてもいいですよ」と言うのです。
 
そのとき嵐の意味がわかりました。
 
朝から満たんに聖霊に満たされてしまっていては、夫を送り出すと同時に、わたしは絶対、ウキウキで家を飛び出してしまっていたと思うのです。
 
嵐がしずまらず、思うように聖霊に満たされていなかったことで、デート前に御言葉を蓄えようと思い、そうやって家にとどまっていたので夫の電話を受けることができました。
 
建設会社の人たちは、悪い人ではないにしても超肉的で、サタンの仕業を平気でしてしまえる人たちなので、建築中の波長は気にはなっていたのです。
 
でも皆で仕事をしている最中に現場に入るわけにはいかないし、どうしようかと思っていたのですが、神様は、予想外の展開で、もっともうれしい日に、もっともうれしい形でその機会を与えてくださいました。
 
それで11日は、夫婦そろって賛美しながら、自分たちの住むあたらしい家の作業をするという、一生に一度の過ごし方ができました。
 
賛美で現場の空気が変わったのは、普段を知っている夫の方が敏感だったようで、家も人間も、あたらしく、清々しく過ごすことができました。
 
夜、食事のときに気づいたのですが、「御言葉の通り、きょうはほんとうに『サタン』が『働かなくなった』ね」と、先輩が仕事をしなかったことを思い出して、笑い合いました。
 
肉の使命者のRAPTさんをニクの日に生まれさせた神様の、言葉への思いを感じ、わたしも言葉を大切にしてゆこうと改めて思ったことでした。
 
過越の食事を調べて、食材それぞれの意味も知りました。
 
RAPTさんは以前、(RAPTさんを教えた)牧師先生が逮捕される前、「行かなきゃいけない」とお弟子さんたちとゆでたまごで食事をしたことをお話しくださりましたが、ゆでたまごは「神殿崩壊を嘆く」意味があると知り、先生や神様の無念さを思いました。
 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%8E%E8%B6%8A
 
食事前にも賛美をして、お祈りをして、『出エジプト記』を読みました。
 
エジプトはイルミナティでモーセはRAPTさんで、ゆでたまごを食べながら牧師先生と神様の無念を思い、わたしたちはもう絶対に不従順で時間を無駄にするようなことがあってはならない立場なのだと、自身を戒めました。
 
いま思うと、11日の祝福の前触れのようなものがあったのです。
 
というのも、家の内外装もわたしが選んでいるのですが、内装の壁紙は白塗りと白れんがを選んでいたので、7日付の音声で教会の壁紙も白れんがだと知って、うれしくなりました。
 
たまたまかなと思い、でもたまたまはないともおっしゃっていたよなとも思いながら、とにかく浮かれてしまわないようにしていました。
 
11日を家のことで祝福されて過ごした後で、11日付の朝のお祈り会の音声を聞いたとき、でもやっぱりうれしくなって、ちょっと小躍りしてしまいました。
 
なぜなら教会の床を、じゅうたんから大理石調のものに変えようとお話されていましたが、わたしも家の床を大理石調のもので選んでいたからです。
 
教会の内装にまつわる二度の御言葉は、時系列順に並べてふり返れば、11日のわたしたちへの祝福の予告のような御言葉になっていて、そういう物語的な出来事の起こり方をわたしが何より喜ぶと、絶対に神様は知って起こしてくださったのだと思いました。
 
そう思うと、予算が足りないことで客間がとれなかったことも、信仰をもたない親戚が泊まったりしてサタンを連れ込まれることがないようにとの、神様の采配だったと思います。
 
毎日の配信に加えて、日々目にする光景で愛媛の教会をイメージできることは、物理的な遠さを忘れさせてくれるように思います。
 
あたらしい家をわたしたちの聖なる場所にできるよう、さらに祈ってつくってゆきたいと思いました。
 
じつはわたしは以前、スカイプでの朝のお祈り会に参加させていただいていたのですが、途中、波長の乱れを修正できなくなり、参加できなくなってしまいました。
 
夫との結婚(入籍)のタイミング(2016年6月)が、異性の罪に当たるとされたからです。
 
ちょうど教会の話が具体的になっていった頃で、実際あのときは、自分でもなんであんな風になったのだろうと思うくらい、罪の感情が沸きおこって支配され、それを波長だけでなく実際の言動であらわしてしまっていました。
 
神様の感覚を備えたRAPTさんより、サタンの主管圏で培ったわたしの経験の方が確かだと思って話をしたり、愛媛に教会が建ってもわたしには物理的にとても遠かったので、行かれないと思い、神様の計画が進むことなのに素直に喜べなくなっていました。
 
スムーズに移住できる兄弟姉妹を羨み、夫が夫以前に兄弟であることも忘れて祈らずに文句を言いました。
 
いま思うと裁かれて当然としか思えないことをしていたわけですが、あのときはそれがわからず、RAPTさんを40日の十字架の期間に送ってしまい、愛媛から完全に遠ざけられることで、やっと自分がなにをしてしまったのかがわかりました。
 
サタンの攻撃もすごくて、初めて息ができないくらい胸が圧迫されるような、肉的な苦痛を経験しました。
 
考えを改め、これでやっていくしかないのだと思い、朝会や教会にこだわらず、とにかく神様のためにできることをしてゆこうと一から信仰生活を始めてから、祝福ではと思うことが起こりはじめました。
 
たとえばいただきものをすることが増え、それもピンポイントで好きなものをいただくことが増え、収入以上の生活ができるようになっていることに気づき、なぜ神様はこれを起こしてくださっているのだろうと考えるようになりました。
 
それで、無理に愛媛に行こうとするより、この地で神様のためにできることをすることが、思っている以上にいまわたしがすべきことなのではと思うようになり、いまに至っています。
 
それまで愛媛を必要以上に遠く感じてしまっていたのは、夫が奨学金の返済を抱えていたことも理由のひとつでした。
 
夫の借金は、法的には妻には無関係ですが、霊的には十分に関係し、「借金のある者は聖殿に入れるな」という御言葉が宣布されたときは、生きる希望が絶たれた思いがしました。
 
でも、夫のその奨学金問題も、祈りのちからで解決に向かって動きだしました。
 
御言葉が出たとき、根本的な解決にはならないとは思ったのですが、相談したら母が立て替えてくれることになりました。
 
母は信仰は持っていませんでしたが、わたしたちの事情を理解してくれて、まだ家のことが進む前だったこともあり、家用の資金から全額を出してくれました。
 
そもそも奨学金は、半分は夫の親が払うという約束だったようなのですが、それがなぜか払えないということになって、300万円以上の額を夫がひとりで背負うことになってしまっていたのでした。
 
約束の通りに親が半分負担してくれていれば、まだ夫も返す目途をつけられた額だったのでしょうけれど、身の丈以上の負債になってしまったことで、夫は働くことや生きることの意味がわからなくなっていたようでした。
 
すっかり両親を苦手としてしまってほとんど絶縁状態にあり、わたしにはなおさらどうすることもできないので、祈るしかありませんでした。
 
そうしているうちに「サタンと闘いなさい」という御言葉がでて、たしかに避けてばかりではいけないと思いなおしました。
 
そして夫と話し合って、すこしでも建設的な結果をだす努力をしてゆこうと、改めて向こうの両親へ連絡をしてみることにしました。
 
そうしたら、なんと、「全額払う」という返事が返ってきたのです!
 
「母が家用の資金から立て替えた」と知って払う気になったようで、その基準もよくわからないのですが、でもとにかく祈って感動があった行動は、そのときはそう思えなくても、やはりちゃんと意味があるのだと思いました。
 
「主が臨んでくださったからだよ!!」とわたしが言うと、母も「えー?」と言いながらもまんざらでもなさそうな表情をしていて、その夜わたしはまた神様とサタン、祈りや波長の話をしました。
 
そして気づいたら母は、ずっとくせだった、寝室で眠るときにテレビをつけっ放しにするのをやめていました。
 
大きすぎる(ように見えた)山も、祈れば確実に動くということを神様がわかりやすく見せてくださったおかげか、最初は他人事だった母も、聖書に興味を持つようになりました。
 
母用の聖書をプレゼントし、有料記事も読むことを勧めたのですが、母はパソコン関係にとんと疎いのです。
 
ブログに辿りつくまでにつまづいてしまわないように、信仰が成長しますようにと祈っているうちに思いついたのが、先に書いた「有料記事の編集」です。
 
電子であれ紙であれ、本のような形式ですぐに読めるように手元に保存しておけば、わたしも家族も、それぞれの隙間時間を使って御言葉を蓄えやすくなると思いました。
 
わたしが家で時間を取れているのは夫や母のおかげですし、わたしが彼らから与えられた時間を使ってしたことが、彼らが神様に近くなる助けになるのなら、わたしにはそれ以上に幸せなことはないです。
 
こうやって、神様に恩返しできることを増やしてゆけたらいいなと思っています。
 
以上のように、わたしにとっては、過去のばらばらの出来事ひとつひとつが、パズルのようにはまって、神様の方へ向かう大きなひとつのように見えた2017年11月11日でした。
 
神様の采配は壮大で緻密で、恵みぶかく厳しいですが、すべてが愛だと思いました。
 
でも御言葉の通り、12日になってすぐに、サタンの攻撃と思われることも起こりました。
 
わたしのクレジットカードが不正使用されていました。
 
決済しようと思ったら使えず、カード会社から電話がきて発覚しました。
 
長いあいだクレジットカードを使ってきましたが、こんなこと初めてです。
 
不正取引分は全額保証されるとのことなので、要は半日不思議がって、一瞬狼狽えて済んだという話なのですが、祝福に浮かれていてはいけないと、あらたに気を引きしめる機会を与えていただきました。
 
12日になって止められたということは、11日までは使えたということでしょう。
 
そこも神様はサタンを働かせなかったのだと思うと、もはやサタンが何をしようと、すべてが御言葉の証明に用いられるだけなのだと思いましたし、予め御言葉が与えられていることがどれだけ幸いなことかを改めて思いました。
 
11日の賛美を与えてくださったことにも、心から感謝しています。
 
選曲にもそれぞれの個性と思いが感じられ、まだ見ぬ兄弟姉妹たちが近しく感じられました。
 
離れていても共に賛美し、共に祈り、共に悔い改め、共に努力できるこの現実と、その現実をつくってくださった神様とRAPTさんに改めて心から感謝いたします。
 
どうかこれからもRAPTさんを守ってくださり、わたしたちが御心を正しく悟り、神様の基準で確かに行えるよう、御言葉を与えつづけてくださることを心からお祈りいたします。
 
わたしたちの個性や才能や、持っているすべてのものをふかく探り、つよく引き出し、御国の建国と拡大のための器として世界的に使ってくださることを心からお祈りいたします。
 
あなたの世界がくることを、全人類が救われることを、心からお祈りいたします。
 
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今回のこの証言にもありますように、この方はもともとスカイプの朝の祈り会に参加していて、途中、波長の乱れによって参加できなくなってしまいました。
 
しかしながら、その後も頑張って信仰生活を続けておられます。
 
罪に対する主からの裁き、刑罰はときにとても厳しいものですが、それら全てを乗り越えた先に祝福があります。
 
実際、この方は主の裁きを受けていながらも、11月11日には思いもかけない祝福を主から与えられました。
 
悔い改めるべき罪は全て徹底的に悔い改め、主の前に出てきて主を賛美し、主を愛する人生をこの世の多くの人々に生きてほしいと願うばかりです。
 
ということで、これからも引き続き読者の皆さんからの証言を募集いたします。
 
11月11日の体験談でなくても、主から受けた恵みについて証したいことがあれば、どんなものでも構いません。
 
どうぞ奮ってご応募下さい。
 

1Comment
  • あやこ
    Posted at 06:49h, 02 12月

    毎回素晴らしい証言を掲載してくださることに心から感謝致します。さすがに全部にはコメントできませんが、どの方からもそれぞれ違った沢山の学びと喜びと救いがあります。そして、これらが氷山の一角で、日本中、世界中に数知れぬ奇跡と喜びの証があったことを感じ、胸が一杯になりました。まとめて失礼致しますが、みなさんありがとうございます。
    この方の文章から、本当に穏やかな喜びと光が感じられ、読んでいて嬉しくなりました。
    スカイプを出られた後も信仰を護っていらっしゃること、裁きをきちんと真摯に受け止め、そしてこのように祝福を受けていらっしゃること、本当に主はどこまでも慈しみ深く私達を憐れんでくださり、悔い改めた者にはどこまでも救いの手を差し伸べてくださるのだと、改めて感謝の気持ちで一杯になりました。
    本当に11月11日は文字通り「サタンが働けなくなった」日だったとは面白いですね。私も笑ってしまいました。
    物理的な距離が離れていても、これからも主によって結ばれ、共に祈り、共に賛美できることを嬉しく思います。そして聖霊に満たされたお家が完成されますこと、その地で大きな御心を成されますことを心よりお祈り申し上げます。
    RAPTさんと証言者の方々、兄弟姉妹の皆さんと教会がとこしえに護られ、豊かに恵みを注がれますように。

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