RAPT | RAPT有料記事227(2017年11月25日)自分をよく見せるために人前で善を行ってはいけない。
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RAPT有料記事227(2017年11月25日)自分をよく見せるために人前で善を行ってはいけない。

RAPT有料記事227(2017年11月25日)自分をよく見せるために人前で善を行ってはいけない。


 
今回の有料記事も、朝の祈り会で伝えた御言葉の元となった啓示の文章をいくつか掲載しています。
 
今回の御言葉は、大きく分けて3つの内容になっています。
 
まず一つ目は、神様が認める善とはどのような善なのか。
 
この世の中では、人前で善いことをすれば善い人として認められます。
 
しかし神様の世界では、人前で善を行って人々から善人として認められようとすることを偽善と呼び、厳しく断罪されます。
 
今回、愛媛の教会の中でもこのような偽善を行い、かつその偽善を見抜かれてレビ人から指摘された際に、怒り狂ってレビ人の悪口を言う人が現れました。
 
これはまさしくパリサイ派・律法学者が行ったことと全く同じことです。
 
彼らもまた人前で善を行い、自分たちのことを善人だと思って高ぶっていましたが、イエス様から偽善者だと指摘されたとたん、怒り狂ってイエス様を十字架につけて殺してしまいました。
 
これと同じようなことが愛媛の教会の中で起きたわけですから、これは実に大きな問題であり、神様もこの問題には激しい怒りを下されました。
 
二つ目の御言葉は、祈りは必ず叶うということです。
 
こうして御言葉を聞いている私たちは、悪人が滅び、義人が栄え、地上天国が実現することを心から願っているはずです。
 
しかし、この願いはもともと私たちの願いではありません。神様の願いです。
 
私たちがこのことを心から願っているのは、私たちがただ神様のその願いを知って共感したからです。
 
ですから、我々がこれらのことのために真心を込めて祈るなら、神様がその祈りを聞いてくださらないはずがありません。
 
三つ目は、間違った考えを持つことの恐ろしさについて主が改めて語ってくださいました。
 
どんな小さな間違った考えも、それを捨てなければ脳全体の考えをあっという間に腐らせてしまいます。
 
ケーキの一部が黴びてしまうと、その黴がケーキ全体あっという間に覆い尽くしてしまうのと同じように。
 
今回はこれらの啓示に関連したレビ人の啓示、啓示者の啓示も併せて掲載しています。
 

 
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1Comment
  • Posted at 21:46h, 25 11月

    raptさん、レビ人の方、掲示者の方。いつも御言葉を宣布していただけることに感謝しております。ありがとうございます。
    賛美歌を歌うことができる日々に感謝しております。作者の方に感謝しております。ありがとうございます。

    愛媛に行くことができない身分であり、まだ信仰的にも未熟な分際ではありますが、愛媛にいらっしゃる兄弟姉妹の方々に、どうかお願いがあります。
    raptさんをどうかお支え願います。
    レビ人の方だけでは負担が大きすぎることも重々感じております。
    raptさんという光を失いたくはありません。

    近くしていない身分で、raptさんの御言葉が唯一の救いなのです。

    どうか、どうか祈り求めます。raptさんをお支えし、12弟子となり、私達を導いてくださる使徒となってくださいますよう、お祈りいたします。

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