RAPT | RAPTブログ読者の証言〈VOL.21〉両親の影響で心を患い、厭世的な考えに溺れていく中、RAPTブログと出会って立ち直った30代男性。
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RAPTブログ読者の証言〈VOL.21〉両親の影響で心を患い、厭世的な考えに溺れていく中、RAPTブログと出会って立ち直った30代男性。

RAPTブログ読者の証言〈VOL.21〉両親の影響で心を患い、厭世的な考えに溺れていく中、RAPTブログと出会って立ち直った30代男性。


 
〈RAPTブログ読者の証言〉シリーズの第21弾になります。
 
今回の証言者は、生まれたときからサタン的な環境の中に溺れ、厭世的な考えに縛られて生きてきた30代の男性です。
 
この方は、もともと裕福な家庭で生まれ、幼い頃から豪勢な生活を送ることができたようですが、心の中はいつも地獄のような苦しみでいっぱいで、何の喜びも希望もない虚しい人生を送っていました。
 
そして、自然とこの世のサタン的な文化に溺れ、そのせいでさらに精神的に追い詰められ、最終的には自殺願望すら抱くようになったようです。
 
そのため、「この世の中、何かおかしい」と思いながら、ネットでこの世の仕組みを調べたり、心を改善していく方法を調べたりしていったようですが、そんな中でこのRAPTブログに出会い、全ての苦しみから解放されるようになりました。
 
今回の証言を読めば、いくらお金持ちとして生まれても何ら幸福になることはできないということ、そして自分の人生を真に幸せにしてくれるものは、ただ唯一絶対の神様を信じることだけ、ということがはっきりとお分かりいただけることでしょう。
 
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・両親の不調和と、心霊スポットの地元
 
私としても、まさか自分が聖書を読み、さらに創造主の遣わした方とお話を出来るとは思いもよりませんでした。
 
ですから、色々と信じられなくて少し戸惑いながら書きます。
 
また内容上、幼少期に遡らせてもらいます。
 
文章が下手なのを御了承ください。
 
RAPTさんの過去を断片的とはいえ聞く限り、私の生い立ちはRAPTさんほどでは無いですが、複雑な中身が濃いほうだったと思います。
 
私は小さい頃から、母親の事が大好きでしたが、残念ながら私の母親が最大の人生のつまずきの石に成っていました。
 
母親は美人で医者の娘でして、性格はワガママで世間知らずで傲慢、家族よりも世間体や金銭を愛する「ひどい人間」でした。
 
(しかし、逆に私が世の中や人生に疑問を持ち、幸せに成るにはどうすれば良いか模索したのは母親のお陰です。ですから、これはこれで、上手く行っているみたいです。)
 
私は幼少期は比較的に裕福で、田舎の豪邸に住んでました。
 
父親が仕事で大成功していたからです。
 
私も幼少期は、お金は無限にわいてくるものだと思ってるくらいでした。
 
では私の心は、喜びに満ちてたでしょうか?
 
当然そんな訳はなく、常にサタンや悪霊と共に居ました。
 
父親は、母親からの嫌がらせや、仕事のストレスで、ポルノやお酒に溺れてました。
 
家にあまり帰らず、夜の街で遊びまわり、最終的には別居してしまいました。
 
母親は人格破綻者ですから、常に喜怒哀楽が異常に激しく、多重人格かと疑うくらいに突然ヒステリーを起こしたり、逆に機嫌が良かったりと明らかに病的な人間でした。
 
さらに私の住んで居た村は、どうやら本当に心霊スポットで、地縛霊というか幽霊がウロウロしている場所みたいでした。
 
(父親の知り合いの霊能者がこれを指摘してました)
 
その村では、男性が次々に病気や障害で倒れたり不登校の子供が多かったです。
 
私には弟が1人居ましたが、私が小学2年生の頃に高熱で亡くなりました。
 
知り合いの霊能者は「この村にドクロが2つ見える」と言っていた事がありました。
 
実際しばらくして、私の弟が死に、近所の青年が自殺しました。
 
本当におかしな集落でした。その後我が家が引っ越した後も、男性ばかりが2人以上60代と50代で無くなりました。
 
さらに40代の植木職人が片足を事故で失いました。
 
人口50人未満の小さな村で男性ばかり悪い事が起きました。
 
さらに母親は趣味が悪く、心霊番組とかホラーが大好きでした。
 
しかし、それら諸々があり私は自然に霊の存在を信じるように成りました。
 
その知り合いの霊能者の存在も大きかったです。
 
・幼稚園から病んでいた私
 
母親がだいぶおかしかったので、さらに両親が罪な生活をしてましたから、私もかなり病んだ人間でした。
 
幼稚園の頃、私は他人と一切言葉を話さず、かなり内向的で病んだ子供でした。
 
私が小2の頃に弟が死ぬと、不調和な波動は一気に私の元に来ました。
 
私は不登校気味になり、すぐに怒ったり異常な子供に育ちました。
 
母親も父親もゲームが好きでしたから、私もファミコンをしてました。
 
小4くらいでしょうか?
 
家にパソコンが来てインターネットが繋がりました。親は放任的でして無制限に触らせてました。
 
すると、最初はゲームやアニメのサイトを見ていました。
 
しかし、だんだんインターネットサーフィンしていると、アダルトサイトや、死体画像が大量に載ってるような残酷なエログロサイトを見つけて毎日見るように成りました。
 
父親の持っていた淫乱物も大量に見ました。
 
(今からすると本当に恥ずかしくて、三位の皆様に申し訳ないです。何という神様に反逆的な家庭なんでしょう、裁かれて当然です。RAPTさんにもこんな悪魔的な話を聞かせてしまい、申し訳ございません。)
 
中学生の頃には、完全に精神がおかしくなってました。
 
(母親や父親がおかしかったから、私がおかしくて当然ですが)
 
なんだか毎日、気分が悪くて暗く、陰惨な精神が私を支配してました。
 
他人が自分の悪口を言ってる、黒い霧?みたいなものが自分にへばりついてる、他人が私を監視している、と被害妄想にさいなまれました。
 
(本当にサタンや悪霊が取り憑いていたと思います。)
 
中学1年生2学期の頃に不登校になり、引きこもりに成りました。
 
(とはいえ、自室に閉じこもっていたのではなく、家は豪邸でしたから家の中であちこち行ってました。車で父親がたまにどこかに連れてってくれました。)
 
私が神様に反逆したために、10代から私は不幸のどん底を行ってしまいました。
 
私自身が罪の沼に頭を突っ込んでましたから、不幸になり当たり前でしたが。
 
不登校の時代はネットとゲームばかりしてました。
 
両親もどうやって育てたら良いか分からなかったんでしょう。
 
親がテレビ大好きで、私も暇だからかなりテレビを見てました。
 
北朝鮮報道、靖国報道にテレビがジャックされていたら小泉政権の時代です。
 
母親はテレビの影響で細木数子の占いにハマってました。
 
一時期、マスコミの報道を見て、日本国は軍拡して核武装するべきだとか、韓国政府は悪の反日政権でけしからんとか、南京事件を捏造して中国政府はけしからんとか、ネット右翼みたいに成ってました。
 
(テレビをずっと見てると頭がおかしくなります。今の私はもうテレビを見るのが苦痛です。)
 
しかし、Yahoo!ニュースコメントなんかで、他のネット右翼があまりにも下品で低脳に見えたので、しばらくしたら逆にアンチネトウヨに成ってました。
 
この頃の経験で、安倍晋三とか麻生太郎がやたらネットでチヤホヤされてるので彼らが胡散臭いと感じてました。
 
・高校中退と性教育への不満
 
不登校で勉強を全然してませんでしたが、高校には定時制の高校に入れました。
 
不良や障害者も多く、雑多な感じで勉強には向いてませんでしたが。
 
クラスの女の子と仲良く成ったり、綺麗な女の先輩に恋心を持ったりしました。
 
しかし、本格的に女子と付き合ったりはしませんでした。
 
もし、高校を辞めなければ仲良くしていた女の子と結婚していたと思います。
 
高校時代は、芥川龍之介とか文学に興味がありよく読んでました。
 
ユングとか心理学も軽く触りました。
 
しかし私が罪を悔い改めず、さらに母親に洗脳されて、自分の母親は賢く正しいと思ってましたから、心は病んだままでした。
 
趣味はゲームでしたし、その頃流行ってたゴシックメタル音楽、、、、ALI projectとか妖精帝国とか葉月ゆらとか、、
 
つまりロックやヘビメタのような悪魔崇拝音楽を愛好してました。
 
(今からすると歌詞などは完全なドルイド教音楽でした。)
 
高校2年の頃にもだんだん病んできて、うっすらした自殺願望みたいなのが湧いてきました。
 
私は幼稚園の頃からそもそも病気でした。
 
本格的に高校を辞めるきっかけに成ったのは、性教育への不満からでした。
 
高校の性教育で、実際に同性愛者を呼んで、セックスについて語らせるとか、乱交を肯定するとか、モザイクなしにセックスや性器の画像を見せるとかかなり酷い内容でした。
 
婚前性交渉も当然大肯定です。
 
これらプログラムは文科省や教員組合、先生らの判断ではなく、同性愛者グループが教材を作り独自に行っていました。
 
今でもLGBT解放グループ、クィア理論などは本当に悪魔崇拝だと確信してます。
 
私自身がポルノ中毒で、情欲まみれだったのに、高校の性教育に怒るのも矛盾なんですが、、、。
 
とにかく、怒りで気が狂いそうになり、先生側にも何度も、なんであんな事するんだと講義しました。
 
しかし、軽くあしらわれたり、同性愛がなんで悪いのか理解して貰えませんでした。
 
きっかけ的には、それで精神病の方もさらにひどくなり、自殺願望も強まりました。
 
学校への復讐で、クラスに包丁持って脅してやろうとか、クラスで首を吊ってやろうかと、変な怖い妄想も抱いてました。
 
・高校中退後
 
高校も結局、2年で辞めました。
 
一応、通信制の高校に転校しましたが、鬱がひどかったので、数ヶ月で辞めました。
 
母親は学歴や金銭を愛する人でしたから悲しんでいましたね。
 
・喜楽の会(=岡田茂吉=日本会議)にハマっていた父親
 
私が精神病でかなりおかしかったので、父親はなんとか治そうと必死であちこち動いてくれました。
 
父親はスピリチャル系にハマって、喜楽の会という集会に行きました。
 
この会は、「うずまき」を書いて水の味を変えるペンとか会員に配ってました。
 
RAPT様が調べられたカタカムナ系の宗教なのでしょうか。
 
喜楽の会は、神慈秀明会?という、日本会議系の宗教が母体で、岡田茂吉を信仰してました。
 
父曰く、会長の喜多さんは、デイビッド・ロックフェラーに岡田茂吉の美術館で出会い握手した、と自慢していたらしいです。
 
RAPT理論と色々繋がりますね。
 
父親はミーハーなので、アセンションとかもネットで拾ってきて教えてくれました。
 
ニビル星とか、宇宙人との話とか、あれはあれで楽しかったので良い思い出の一部かもしれません。
 
父親は車でドライブとかによく連れて行ってくれました。
 
父親の方は、罪はあるとは言え、母親と比べると優しくて善良な人だと思います。
 
父は私の病気を治そうと必死でした。
 
父親のそういう努力には感謝しています。
 
しかし、父親もまた偶像崇拝と輪廻転生の強力な信奉者なのです。
 
弟が亡くなったので、仏壇を弟の身代わりみたいに大切にしていました。
 
また芸能界やテレビにかなり憧れてました。
 
父親は、若い頃に仕事で大儲けした後に、趣味の音楽をやりだして、作曲家をしたり、KBS京都ラジオでラジオパーソナリティーをしてましたから、半分芸能人みたいなものでした。
 
しかし、人間関係がうまく行かず、業界から嫌われて10年くらいで辞めてしまいました。
 
若いうちに、金銭とか名声、綺麗な妻と豪邸と外車を手に入れた父親でしたが、家庭はボロボロに成りました。
 
しかし、これはとても良いサンプルです。
 
美しい女性と成功と財産が有っても、人間は幸せに成れないと父親は証明してくれました。
 
(私の人生において、両親・親戚はかなり有益なサンプルに成りました。神様や先祖の義人の霊の皆様が導いて下さったのでしょうか、、、そう思いたいです。私が、罪に浮気ばかりしていたのに、主が私を真理に繋ぐために、そういう現象をみせてくれたのでしょうか。)
 
・政治や陰謀論を調べまくる
 
妹の進学をきっかけに、京都市に引っ越しました。
 
豪邸は売り、京都市右京区でボロボロの借家に住みました。
 
両親はローンで3000万円もした豪邸に未練が有ったらしく、(私からすると死と破滅の家だから相当忌み嫌いましたが)売り払うのに躊躇ってました。
 
結局、200万くらいで売れました。
 
学生時代のゲームの影響で、中国の文化に興味を持ち、中国史や道教を調べたりしてました。
 
ネット右翼がかなり反中情報ばかり流してましたし、台湾独立派(緑色、拓殖大学=内閣情報調査室)も大量に居ました。
 
リチャード・コシミズの陰謀論にもハマり毎日YouTubeを聞いてました。
 
スピ系陰謀論では、ヤスの備忘録なんかが好きでメルマガ購読してました。
 
一時期、日中友好協会の活動に興味すら湧いて、機関紙をとったりしてました。
 
すると、共産主義の歴史や戦略に興味が出て、ロシアの文化や歴史にも興味を持ちました。
 
なんで共産主義や社会主義で、大量の人が死んだり、飢えたり、在日・北朝鮮系の人が天皇崇拝、靖国を神聖視したり右翼をしたりと世の中の矛盾にひどく混乱し苦しみました。
 
リチャード・コシミズはネットウヨ情報ばかりの中で、みんなと違う事を言っていて凄いなあと感じてました。
 
私はミリタリー趣味の気も有ったので、軍事や安全保障関連、地政学の本も沢山読んでました。
 
この頃の知識で、イルミナティの存在を知り、日本人の大半がテレビやマスコミの情報で、巨大な社会常識を作ってるのに疑問を持ちました。
 
(この頃から、世の真理とは何か探し求めていた気がします。)
 
・実家からの離脱と精神病の悪化
 
仕事の方は、しばらくのニートの期間が終わると、しだいに父親が始めた飲食店を手伝いました。
 
売り上げは低いですが、かなり忙しく体や精神を壊したりもしました。
 
母親と仲が悪く成り、実家と別居しました。
 
生活保護や、精神障害者として障害者年金をもらったりしてました。
 
(ネットの情報で、向精神薬はむしろ病気を酷くするからと知り、飲まないようにしてました。)
 
しかし、相変わらず私が罪深い生活(アルコールやポルノ依存、タバコ、偶像崇拝、怒りや嫉妬、人を見下す考え)を行ってましたから、どんどん鬱はひどくなり、被害妄想も強くなりました。
 
だいたいこの頃、一度ビジネスホテルで本番行為無しの性風俗も利用しました。
 
異性の罪を犯してしまい、よけいに精神はおかしくなってました。
 
幼少期からずっと病気でしたが、心の苦しみはいよいよ頂点に来ましたから、なんとか成らないか探し求めてました。
 
しかし、何が正しい情報か分かりませんから、有益な情報に出会えませんでした。
 
新約聖書を買って持ってましたが、当時はRAPT様の聖書解説を知りませんから、複雑で読みにくいから、あんまり真剣に読んでませんでした。
 
近所の神社や、実家の仏壇を熱心に拝んでました。
 
意味もなく、ゲームしたりする毎日で、本当に自分の人生はこれで良いのか? と問答する毎日でしたが、どうやって生きて行ったらよいか全く分かりませんでした。
 
両親がアルコールやポルノ、プライドや金銭を愛する人々でしたから、どうやって生きたら良いか本当に分かりませんでした。
 
暇だから、政治の話や、陰謀論を毎日見てましたが、人類の歴史がいかに残虐と横暴に満ちているか分かるだけで、これといったスッキリする答えが見つかりませんでした。
 
・稲福薫先生との出会い
 
父親が、稲福薫(いなふくかおる)さんという沖縄県の医師のホームページを紹介してくれました。
 
正直、治らないし治らなくて良いと思ってましたが、ホームページを見てみるとなかなか興味深かったです。
 
まず、人類の全ての人の心は1つに繋がっている。
 
特に親子の心はダイレクトに繋がってる。
 
特に母親と子供の心はほぼ同じくらいに繋がってる。
 
といった内容でした。
 
そして子供が何であれ病むのは、親からくる不調な波動を、親が抑圧で押し付けるからだと解説されてました。
 
精神病院に行く子供は、だいたい反抗期が無いとも。
 
さらに、親が「思考にはまる」つまり頭が常にエゴからくる雑念に満たされていると病んでしまう。
 
子供を心配したり、子供の為を思う行為が逆行為だと指摘されてました。
 
さらにこの世の問題を解決するには霊界の視点が重要、この世の悪や苦しみの原因は1つで、それは人間が「自分は個人で、全体から独立していると信じている」ことだと。
 
稲福先生が広島市で、治療会をされてましたから、母親と2人で行きました。
 
母親が思考にハマってたので、稲福先生は「一点集中して、私の目を見て」と母に言いました。
 
(考えるな、ではなくて集中して一点を見るのがポイントらしいです)
 
オーリングテストをして、私の13番代先の先祖の霊が、私の守護霊というか「重要な先祖」だと教えてくれました。
 
(義人の先祖とは、もしかしたらこの方なのでしょうか?)
 
最後に、気功というか、背中に触れられて波長を整えてもらい仮眠しました。
 
すると、母の顔付きが変わりました。
 
私の顔付きも変わったと、受付の女の人にも言われました。
 
しかし、稲福先生はおっしゃられてました、
 
「この状態を維持するのが難しい。皆、だんだん、この状態を忘れてくる。」
 
つまり、日常生活を続けると再び雑念の世界に戻ってしまうと。
 
・リハビリと社会復帰
 
私が、母親の支配に抵抗を始めた為に、私の精神病はゆっくり回復してきました。
 
生活保護もやめられ、実家で家族と暮らしました。
 
あの頃は、本当の家族に成れたようで幸せでした。
 
しかし、どこかで「自分の心の問題を100%解決するにはどうしたら良いんだろう?」と疑問に思ってました。
 
母親の心理が、私を苦しめる元凶だと分かり、私の人生は変わりました。
 
再び、実家の飲食店で働き始めました。
 
体力が無かったので、すぐに疲れて文句言ったりしてましたが。
 
この頃から、自分の頭を良くしたい、と強力に思うように成りました。
 
一歩先を行く集中力、超速★記憶術 などなどハウツー本みたいなのを読んだりしました。
 
実際に頭が良くなったかは、ともかくとして、シンプルさの大切さや、知能の為に生活習慣が如何に大切か分かりました。
 
・焦りと現代社会への疑問
 
病気はよくなり、仕事もだんだん慣れてくると、結婚したいなあって願望とか、何か世の中に生きた証を残したいなあ、とか欲が出てきました。
 
しかし、自分は学歴も資格も無いですし、色々焦りましたね。
 
実家の飲食店でばかり働いても人生が開けないし、焦ってました。
 
陰謀論は相変わらず好きでしたが、筑波大学の中川八洋と彼のシンパの大森勝久のホームページをよく読む様に成りました。
 
中川八洋は陰謀論の世界では珍しく、出雲・教皇派だと思います。
 
マッカーサーと蒋介石支持、昭和天皇崇拝、親米右翼ですから。
 
そして、リベラル思想、ゆとり教育とか性教育の起源は、フランスのルソーだという事や、日本帝国陸軍が共産主義組織で、大東亜戦争はアジア共産化戦争だと主張していました。
 
ネットウヨとかなり違う事を言ってるので、中川は凄いなあ。と思ってました。
 
2005年頃からでしょうか。
 
ネットでもテレビでも、あちこちで日本人はGHQに洗脳されて自虐史観を植え付けられたとか、大東亜戦争はアジア解放聖戦だったとか、様々な評論家・作家・ジャーナリスト・一部の在日外国人が主張していたので、
「一斉に、様々な立場の人々が、同じ意見をロボットみたいに統一して、言い出したからなんか怪しいなあ」
 
と、思ってましたし、日本陸軍が共産主義勢力ならあの15年戦争の謎も解けるから、中川の意見の50%くらいを取り入れてました。
 
放射能で東日本は終わりだ!ってのも当時は信じてました。
 
・有料記事の購入までの経緯
 
RAPTブログは陰謀論や政治が好きだから前から知ってました。
 
しかし、RAPTさんも単なる陰謀論者で所詮は金儲けなんかな?って思ってました。
 
私が26歳だった2017年1月1日、YouTubeでRAPTさんの読者対談を聴きました。
 
すると、今まで調べていた陰謀論や政治歴史の話と全部の、点と点が繋がりまくった感覚でした。
 
島津家、毛利家の話、あとアインシュタインやダライ・ラマは前から胡散臭いと感じてましたからその辺りの話、あと原発も核兵器も存在していないという辺りは本当に驚きました。
 
放射能関連はネットで調べて、この危機に気が付かないB層はバカだと思ってました。
 
RAPTブログでも北朝鮮の拉致事件は無かったとか衝撃の連続でした。
 
あまりにもみんなと言ってることが違いすぎるので、これは本当だと思いました。
 
中川八洋の影響で、君主制・保守主義を支持してましたから、天皇一族はなんとなく怪しげに思ってましたが、君主制支持の観点から天皇制も支持してました。
 
しかし、天皇一族が悪魔崇拝者だという話はすぐに受け入れられました。
 
なんとなく、権威ある者が私は前からインチキ臭くて嫌いでした。
 
ガンジーとかマザーテレサも。
 
RAPTさんと読者さんの掛け合いも面白くて、私も一緒に笑ったりしてました。
 
お正月にラプトファンに成った私はスグに有料記事を購入しました。
 
すると、「人はいつでも、どこでもスグに高ぶる、すぐに高慢に成る。自分がすぐに偉いと思い、」と御言葉を聞いて、「これだ! これだ!」と思いました。
 
さらに「読者対談 第104回 誰でも世界を変えられる」を聞いて、ゲームばかりしていた私は自分はこのままだと危険な生き方をしてると思い焦りをひどくしました。
 
このまま30代に突入したら虚しいぞ!と言い聞かせてました。
 
とはいうものの、この世の快楽に依存するのが当たり前だった私としては、お酒やタバコやポルノを断つのは時間がかかりました。
 
お酒は好きでしたし、淫乱物も習慣化してましたから断つのは苦しかったです。
 
・神様の救いと、この世を断つ難しさ
 
私は歴史や政治に興味がありましたし、インターネットで出回ってる情報も沢山触れました。
 
結局は、どこに行っても闇、暴虐、愛のない悪、この世はどこに行っても最後には悪しか待ってませんでした。
 
あるときは音楽にハマったり、ロシアや中国の文化にハマったり、神社仏閣にハマったり、ゲームにハマったり、兎に角、色々な現世的なモノにハマりましたが、最後にはサタンが待ってるのです。
 
人類や地球に絶望していた頃に、さらに自分の人生に焦りを感じていた頃に、「問題を全て解決してくれる全知全能の主」に出会えたのはとても助かりました。
 
異性の罪を、中心者様に告白できたのも嬉しい限りです。
 
私の心の苦しみは、本当に緩和されました。
 
もしRAPTさんと出会えて無かったら、私もアダムの道、つまり働いて死ぬだけの人生でした。
 
異性の罪は死であり、破滅の塊です、、、
 
身をもって知りました。
 
この世の重荷に耐えられないというか、世の中が悪に染まり切ってるのが苦しみでしかありませんでした。
 
神様を信じて、御言葉に従ったら本当に人生が良くなりました。
 
そして、私の今までの生き方が凄まじく悪徳で、神様に反逆的だったのを思い知りました。
 
他にも、自分が如何に高慢で人として成って無かったかが分かりました。
 
今でもそれは有りますが、父親や母親の悪い部分をふんだんに私は受け継いでました。
 
勿論、全部私が最終的には悪いんですが、、。
 
罪の習慣を断つのは時間が掛かりましたが、いまでは毎日を快適に過ごしてます。
 
信仰を持ってからも、ゲームや情欲の誘惑は有りましたし、何度もくじけてましたが、明け方の祈りで「無くせますように」とお祈りし続けたら徐々に減らせました。
 
(最初は情欲を無くすなんて無理だ、不可能だと思ってましたが神様に不可能はありませんでした。)
 
これだけでもRAPT様には感謝しております。
 
お金が掛からなく成ったし、物に依存しなくなりました。
 
これだけでもかなり救われました。
 
さらに生き方の指針とかまで色々学ばせてもらいましたから、感謝の限りであります。
 
まだまだ深く祈れなかったり、伝道も進んでないので、私は怠惰だなと感じてます。
 
これからも自分を高めていく限りで有ります。
 
父親や母親からも迫害というよりも、無理解で苦しみましたが、それすら今やどうでもいい。
 
なんだか信仰への経緯というよりも、私の生い立ちの簡単な紹介みたいに成りました。
 
読みにくい文章ですが、お受け取りください。
 
中心者様が2035年まで護られて、愛媛がこの世の聖地に成りますように、、、。
 
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このRAPTブログの読者のほとんどの方は、何らかの形で物事の本質を見抜く目を身につけるようになった方たちばかりだと思います。
 
でなければ、このRAPTブログを読んで理解することは不可能だからです。
 
そして、このRAPTブログを理解している人からすると、RAPT理論はもはやどこからどう考えても真実だとしか言いようがないものなのですが、このRAPTブログを理解できない人には、RAPT理論はどこからどう考えても突飛で非常識なものにしか見えません。
 
さらに言うなら、RAPT理論を受け入れた人たちは、この世の悪から完全に解放されて、真の幸福を手に入れて生きられるようになりますが、RAPT理論を受け入れられない人は、この世の悪に溺れたまま、地獄のような苦しい生を生きつづけるしかありません。
 
そして後者の人たちは、自分でもそんな自分の人生を苦しい虚しいと思っているのですが、心の根が悪に染まりきっているので、この世の悪を見ても悪だと思わず、むしろ自分もその悪に染まることを願望しつづけます。
 
あるいは、その悪を断ち切りたいと思っても、そうするだけの決意や力が湧いてきません。
 
そして、そんな悪なる者たちが今でも私のことを誹謗中傷してくるわけですが、このRAPT理論をきちんと理解して悪を断ち切った人たちから見れば、そんな彼らのことがただ頭の悪い、良心の歪んだ不幸な連中にしか見えません。
 
にもかかわらず、私のことを誹謗する者たちは、「自分は決して不幸ではない」と自分に必死で言い聞かせながら、さらなる悪を重ねて鬱憤を晴らし、地獄の道へとますます突き進んでいくことになるのです。
 
ということで、これからも引き続き読者の皆さんからの証言を募集いたします。
 
どうぞ奮ってご応募下さい。

2 Comments
  • ひつじ
    Posted at 09:21h, 19 8月

    証言者さま、RAPTさま、貴重な証言をありがとうございます。

    自分の生い立ちとも重なる部分が多々あり、私にとってとても心に残る証言でした。

    この証言を読んだ後、聖書を読んでいましたら、イエス様に香油を塗った女のところ(ルカによる福音書7章36〜50章)が出てきて、ハッとしました。

    私も色々なことを諦めずに頑張ろうと思えました。勇気をありがとうございます。

    証言者さまに祝福がありますように。

  • イケメンマッサン
    Posted at 17:30h, 19 8月

    とても想いが伝わりました。
    本当に人生をそして、自分を苦しめるものは、聖書にかかれている罪なのだ
    特に人は直ぐに高慢になり、驕り高ぶると自分のことのように反省させられました。
    そして、私自身最近祈りが深く入らずスランプでしたが、欠けていたのは神様に対する謙虚さでした。謙虚になればなるほど、日々熱く祈れるのだと悟らせて頂きました。
    高慢になればなるほど、神様から離れて生活してしまうのだと。
    貴重な証をありがとうございました。
    RAPTさん、読書の皆様、兄弟姉妹に祝福がありますように!

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