RAPT | 悪魔とは空想の産物ではなく、架空の存在でもありません。悪魔崇拝者たちはそんな非現実的なものを拝む連中ではありません。
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悪魔とは空想の産物ではなく、架空の存在でもありません。悪魔崇拝者たちはそんな非現実的なものを拝む連中ではありません。

悪魔とは空想の産物ではなく、架空の存在でもありません。悪魔崇拝者たちはそんな非現実的なものを拝む連中ではありません。

 

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
 
今年の元旦は、全国的に天気が余りよくなくて、初日の出を見られなかった人も多かったかも知れませんが、私はとりあえず深夜に山奥に行ってきれいな月を見てきました。それが上の画像です。
 
写真ではよく分かりませんが、本物はとても美しい満月で、街灯も何もない暗い山の中をとても明るく神秘的に照らしていました。感動的なぐらい美しい月で、今年もきっといい年になるだろうという予感がしました。
 
そして、もちろん私も含め、このブログの読者の皆さんにも今年一年、幸福と平安があるようにと深くお祈りしてきました。皆さんにとっても今年がいい年でありますように。
 
……ということで、早速、今日の本題に入りたいと思います。
 
昨日は、悪魔が人の心を破壊する二つのパターンについてのお話しましたが、今日はその続きです。昨日の記事は以下になります。
 
悪魔が人の心を破壊し、その命を生贄として捧げる二つのパターン。
 
この記事を見てもお分かりの通り、この世の中は人の心をいとも簡単に破壊できるように巧妙な仕掛けが施されています。そのため、この世の多くの人たちがその罠に嵌って自殺したり、他人を殺したりしてきました。
 
しかし、このブログの読者の皆さんは、そんな悪魔の罠に引っかかることなく、むしろこの世に何かしら変な罠が仕掛けられているということに気付きました。だからこそ、今の今まで平穏無事に生きてこれたわけですし、今こうしてこんな陰謀論ブログなんかを読んでいるわけです。
 
とはいえ、この世界ではいつ誰が心を病み、自殺するか分かりません。いつ誰が憎しみに駆られて、他人を害するか分かりません。それがこの世界の実態です。本当に恐ろしいことですが……。
 
とはいえ、こんな世界の中でも、きちんと自分を守る方法があります。それは一言で言えば、自分の心を守ることです。自分の考えを守ることです。
 
自殺する人も、他殺する人も、どちらも自分の心と考えを守ることができませんでした。悪い方向に考えが偏り、そこから抜け出せなくなってしまったのです。
 
鬱になる人の大半は、このような思考の罠に陥っています。考えがどんどん狭くなって、そこから抜け出せなくなってしまったのです。より広い視野、より広い考えを持てなくなってしまったのです。
 
しかし、本当のところは、その狭い考えから抜け出そうと思えば、いつでも抜け出すことができます。自分の思考は自分でいくらでも自由に操ることができるからです。しかし、なぜか本人はそこから抜け出せないと思ったのです。そう信じ切ってしまったのです。
 
これこそまさに完全なマインドコントロールです。私たちはそんなマインドコントロールに引っかからないように、普段から頭を使う訓練をしなければいけません。
 
普段から何も考えずにボーッと生きているからこそ、いざ何か辛い状況に陥ったとき、何かの中毒に罹ったとき、物事をまともに考えることができなくなり、一つの考えから抜け出せなくなってしまうのです。これは前にも記事にした通りです。
 
最大のうつ病対策は脳の回転を速くする努力をすること。
 
このように、頭の回転を速くして、自分の考えをすぐに別のところに切り替える、という訓練を普段からやっていた方がいいと思います。普段からそのような癖をつけておくと、いざ何かの悩みに囚われたり、何かに中毒になったりした場合も、そこに溺れて抜け出せない、ということがなくなるからです。
 
とはいえ、一度深い悩みに陥ったり、何かの中毒になったりすると、なかなかそこから抜け出せないというのが世の常、人の常です。
 
これは単に人が弱いからというだけではありません。この世には悪魔とか悪霊といった存在がいて、彼らがいつも私たちの思考を操ろうとしているからです。
 
我々の脳の考えは一つの電気信号のようなものである、ということは既に科学的にも立証されていますが、実はこういった霊的な存在たちは、我々の脳の中に電気信号を送り込むことができます。私はこれを電気信号とは言わず、「波長」と呼んだりしていますが……。
 
もちろん、この話を信じるか信じないかはあなた次第と言うことになりますが、例えあなたが信じようと信じまいと、この世には間違いなく霊的な存在がいて、我々人間の思考を操ろうとしています。(悪魔や悪霊については、以下のリンクをご参照ください)
 
「悪魔」と「悪霊」の違いについて。「イルミナティ」と「フリーメーソン」の違いについて。(1)
 
特に「悪魔」たちは普段からこのようなことばかりやっています。「悪魔」にはそれ以外に何も楽しみがないからです。彼らは何の楽しみもない真っ暗な地獄の世界に暮らしながら、何の夢も希望もなく生きています。
 
そんな彼らにとっての唯一の楽しみは、私たち人間を苦しめて憂さを晴らすことだけです。
 
この世の悪魔崇拝者たちは、そんな悪魔たちに多くの楽しみを提供するため、我々を悩まし、何かの中毒にさせたりしているとも言えるでしょう。「共産主義」や「資本主義」といったデタラメなイデオロギーを作ったのもこのためです。
 
そうやって彼らはわざと人を苦しめるような世界を作り、悪魔たちがより簡単に人の思考をもてあそぶことができるようにタネを撒いておいたのです。そして、これもまた悪魔への生贄だと言えるかも知れません。人を命を殺して捧げるばかりが、悪魔への生贄となるのではないのです。苦しむ人間を提供することもまた悪魔への生贄となり得るのです。
 
こんな話は、人によってはマンガの世界のようにしか思えないかも知れませんが、悪魔崇拝者にとってこれはとても真剣な問題です。
 
自分たちがいかに悪魔に多くの生贄を捧げられるか、いかに悪魔を喜ばせることができるかによって、自分たちの命運が左右されるからです。少なくとも彼らはそう信じています。
 
この世の陰謀論者たちの多くが、この悪魔のことを宇宙人であるかのように語ったりしていますが、残念ながら「悪魔」は宇宙人ではありません。「悪魔」とは目に見えない存在であり、霊的な存在です。これについては過去にも記事にしていますので、以下のリンクをご覧ください。
 
レプタリアン陰謀説の真偽について。
 
もっとも、ここで私が急にこんな話をしたところで、既に宇宙人の存在を信じている人の多くが、こんな話を信じることはできないでしょう。人はやはり自分の信じたいものを信じるものだからです。そのため、私も今の今までこの話には深く言及しないようにしてきました。
 
しかし、宇宙人と陰謀論を絡めて書いたサイトが余りにも多く、それを信じている陰謀論者が余りにも多いという現実を見ていると、やはり私もそろそろ本気で「悪魔」について、そして「霊界」について語らなければいけないと考えざるを得なくなってきました。
 
数学をやっている人には分かると思いますが、数学の世界には「虚数」というものが存在します。この「虚数」はこの世には絶対に存在しないはずの数です。
 
しかしながら、この「虚数」なしにこの世の様々な現象を解き明かすことはできません。つまり「虚数」とは理論上はあり得るし、なくてはならない数だけれども、現実には絶対にあり得ないという不思議な数なのです。詳しくは以下のサイトをご覧下さい。
 
虚数は存在するか? – 量子論の不思議な世界
 
「霊界」とはまさにこの「虚数」と同じようなものです。この世の事実をすべて解き明かそうとするならば、この「霊界」について語るしかありません。「霊界」について語ることなしに、この世の全てを理論的に語り尽くすことはできないのです。
 
第一、裏社会の連中はみんなこの「霊界」に存在している「悪魔」を拝んでいます。
 
果たして彼らは、存在もしない架空のものを拝んでいるのでしょうか。単なる空想にふけって「悪魔」の存在を信じているのでしょうか。単なる遊びで「悪魔崇拝」ごっこをしているのでしょうか。存在するかしないか分からない漠然としたものを拝んで満足しているのでしょうか。
 
いいえ。違います。彼らはそんなバカではありません。彼らの行った数々の悪行がどれほど巧妙なものであったかを見れば分かる通り、彼らはそんな頭の悪い連中ではありません。
 
この世の人々は、お正月には必ず神社仏閣に行って、存在するかしないか分からない神様を漠然と拝んでいますが、悪魔崇拝者たちはそんな漠然とした世界で生きている連中ではありません。彼らは究極的な現実主義者です。そして実際、彼らは普段から悪魔と会い、対話し、交流しています。彼らにとって悪魔はもはや現実的な存在なのです。
 
彼らの中には悪魔と交流できる専門家がいます。裏社会の連中がこれまで多くの幼児たちを連れ去ってきたのは、そのような専門家を育て上げるためでもあります。これについては過去にも記事にしていますので、詳しくは以下のリンクをご覧ください。
 
悪魔崇拝についての幾つかの考察(2)
 
そして、実際にその手の専門家として育てられた女性の証言本なども出ています。もっとも、この本も今ではもう絶版になっているようですが……。それが以下の本です。
 
多重人格はこうして作られる―モナーク・プログラミング・マインドコントロール (超知ライブラリー)
 
一応、私もこの本に目を通してみましたが、恐らくこれは嘘ではないでしょう。間違いなく本当の話だと思います。
 
一時期、「ビリー・ミリガン」という多重人格者のことが世間で話題になったことがあります。恐らくこの「ビリー・ミリガン」も裏社会によって、霊媒師(悪魔を呼ぶ人)として育てられた人だったのだと思います。
 
でなければ、そうそう簡単に24人もの多重人格を身に付けることができるわけがありません。そんなことが偶然に起きるわけがないのです。誰かが故意にこのような人間を育てたのです。
 
24の多重人格者 ビリー・ミリガン – NAVER まとめ
 
ビリー・ミリガン – Wikipedia
 
 

裏社会は、こういった多重人格者を何人も育て上げています。一人の人間の中にいくつもの「霊」が入り込めるようにして、彼らを通して「霊」と交流するのです。つまり多重人格者とは、「霊」を呼び込むことのできる人のことを言います。言ってみれば、「イタコ」のような人ですね。
 
ただし、優れた多重人格者は、自分で呼び込む霊をきちんと制御できます。霊を呼び込もうと思ったときだけ呼び込むことができ、呼び込みたくないときには呼び込まないようにコントロールできます。
 
しかし、「ビリー・ミリガン」はそうではなかったのでしょう。きちんとそれを制御できなかった。そのため、裏社会から使い物にならないと見なされ、捨てられてしまったのです。で、本人自身も、本当の自分が誰なのか分からなくなってしまい、「ビリー・ミリガン」事件は謎のまま終わってしまったわけです。
 
裏社会は、このような霊媒師を通して悪魔の声を聞き、悪魔から知恵と知識を授かります。そうやって、この世界を治める方法、敵の勢力を叩き潰す方法を身に付けていくのです。
 
恐らく「共産主義」「資本主義」といったイデオロギーも、このような形で悪魔から授かったものなのでしょう。まさか「共産主義」「資本主義」が人殺しのためのマインドコントロールであったとは誰も思いもしませんでしたが、結果的に見ればそうとしか言いようがありませんし、悪魔には最初から「共産主義」と「資本主義」が人殺しの道具になり得ると分かっていたのです。
 
要するに、悪魔には人間には分からない何十年先、何百年先のことを見据える力があるということです。だからこそ「悪魔」なのでしょう。
 
新年早々、こんな突端な話をして驚かれた方もいるかも知れません。しかし、繰り返すようですが、数学の「虚数」と同じく、この「悪魔」の存在、ひいては「霊界」の存在を抜きにして、この世を理路整然と語ることはできません。
 
これについては、また次回以降に詳しくお話していこうと思います。
 

3 Comments
  • アモリフェラ
    Posted at 21:57h, 01 1月

    あけましておめでとうございます。きれいなお月様が眺められて良かったですね。ピュアなエネルギーが、当方にも伝わって来ました。私はささやかな庶民の一人に過ぎませんが、悪魔のちからに屈せず、自分の出来ることをやりたいと思うようになりました。昨夜、家族といっしょに年末の紅白歌合戦を見ました。その中でサザンオールスターズの桑田佳祐さんが、まるでヒットラーのようなチョビ髭をつけて登場されました。日本いる独裁者に気をつけろ!とでも言うように。そういうささいなメッセージでも良いと思うようになりました。神さまに祈りつつ、悪魔を打ち破るため、出来ることから行動したいです。ささやかな決意です。今年もブログを楽しみに読ませて頂きます。よろしくお願いいたします。(゚▽゚)/

  • 中3です。
    Posted at 22:06h, 01 1月

    悪魔が罪を犯し、悪魔が制裁を加えて成り立っていた世界だったのですね。 どちらか一方が全滅したら民は勝った方に支配されるのですか?

  • LaLa
    Posted at 11:15h, 02 1月

    明けましておめでとうございます、今年も素晴らしい記事をよろしくお願いします。
    新年早々ですが、私の人生においても自死を選んだ知人が複数おります。
    自身の経験からも、人は時に心身がどん底状態に陥り最悪の選択をしてしまうことはありえますね。
    「人が段々弱くなっているのかな」とも思います。それはプロパガンダに誘導された個人主義によるものかなと。
    老若男女の一人暮らしも当たり前のこととなり気楽で自由な生活を満喫しているように見えますが、これを人は本当は望んでいないのではないでしょうか。
    やはり人は支え支えられる時にパワーを発揮できる、強くなれると思います。
    人と交われば煩わしさが生じることもありますが、強大な悪に立ち向かうには弱い私たちは結束することしか勝ち目はありません。
    他に対する慈愛心、強く大きな心を育てることについて改めて自分自身にも問う想いでいます。

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