22 9月 RAPTブログ読者の証言〈VOL.26〉ブラックな教育現場でRAPTブログを読みながら教育の改革を目指す30代女性。
〈RAPTブログ読者の証言〉シリーズの第26弾になります。
今回は、ブラックな教育現場に勤めながらRAPTブログに出会い、有料記事を読んでいるうちにいつしか心の平安を得られるようになったという女性からの証言です。
この方はRAPTブログに出会う前までは、様々な不安や焦りに駆られていたようですが、RAPTブログに出会って神様を信じるようになってからは、全ての不安や焦りから解放され、さらに今では教育の分野を一から改革しようと懸命に取り組んでおられます。
この方のように、この世のありとあらゆる分野をサタンの手から取り戻し、神様の望む世界へと作り変えようとする人たちが、一人でも多く現れることを心から願います。
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いつも御言葉を私たちに届けてくださり、誠にありがとうございます。
まさに神業と言いますか、ブログから発信されるラプトさんの活動量にただただ脱帽する毎日ですし、ラプトさんと愛媛に移住された兄弟姉妹たちの働きのおかげで、こうやって我々が恵みを享受できている現実に、心から尊敬と感謝を感じています。
私自身は一進一退の信仰活動で、日々「このままでは置いていかれる!」との焦りと(サタンの仕業でしょうね)、日々届けていただける御言葉で救われ、神様の愛を感じ、弱い自分に辟易しながらも信仰生活を続けていられている現状にただただ感謝しております。
自分なりに行動を起こしている中で、私の証が他の兄弟姉妹たちの気づきになれば幸いと思いまして、メールをさせていただくことにしました。
<神様に出会うまで>
幼い頃から、何かを作ったり絵を描くことが大好きな子どもでした。
母親が服飾の専門学校に通っていた過去があり、その流れでよく趣味のパッチワークや裁縫をしておりましたので、横に付いて見よう見まねでいつも何かを作っていました。
とにかく無心で工作や裁縫、そしてお絵かきをしており、それらに没頭しているときと出来上がった際の満足感は何にも代えがたいものがありました。
親もクリエイティブ系に進むものだとばかり思っていたみたいです。
しかし、中途半端に勉強ができた私は変なエリート意識と承認欲求があり、クリエイティブ系ではなく、いい大学に進むことを選びました。
そして、いい大学に進むと、その後の進路を選ぶ際にも周りの人たちに負けたくない!という焦りが働き、あまりよく考えずとある会社に就職しました。
ジャンルとしては人材ビジネスの会社です。
当時の就職活動ではそういった人材ビジネスを扱う会社がブランド化されており、学生の中で一種のステータスとなっておったのですが、私もその会社に所属することで一種のステータスを得たような気になっておりました。
今思えば、実はこの就職活動の時に教師になりたいと思っていたのですが、狭き門だと聞いていたので、簡単に諦めてしまい就職活動をし始めた記憶があります。
しかし、実際働き始めると、ものすごくブラックでした。
営業に配属になったのですが、毎日帰るのは最終電車で、それでも日々の仕事は一向に終わらず、休日出勤は当たり前。
最終電車を乗り過ごし、始発でシャワーだけ浴びに帰る日もたくさんありました。
一緒に働いている人たちが気のおけない仲間たちばかりでしたので、なんとかやって行けていたという感じです。
また、採用ポスターの作成など、クリエイティブな仕事は楽しかったのですが、それ以外はしんどかったです。
ある日、急に会社に向かう電車と反対方向の電車に乗っており、頭は会社に向かおうとしているのに、どうしても体が会社に行ってくれない日がありました。
そのまま、会社に行くことができなくなり、逃げるように会社をやめてしまいました。
会社をやめると同時に、実家に帰ることになり、「遠距離になるなら付き合えない」とのことで、結婚間近だった彼氏にも振られてしまいました。
こうして何もなくなったのが20代後半のことでした。
この時の私はどん底で鬱になりかけていたと思いますが、ふと、就職活動の時に教師になりたいと思ったことを思い出し、遅まきながらも教師を目指すようになりました。
人材ビジネスで働いていた経験を生かし、高校教師を目指そうと思ったのですが、当時の恩師に話を聞きに行った際に、年齢が高いので小学校の教師を目指した方がいい(採用人数が多いので)と言われ、現実的なところで小学校の教師を目指すようになりました。
しかし、この何もない空っぽの期間は、スピリチュアルに大ハマりしたり、神社仏閣巡りして幸せになりたいと強く願ったりと、結婚できるんだろうか、仕事は手に入るのだろうかと、常に不安と焦りでいっぱいでした。
今思えば、いくら占いをしても、神社を回っても、さっぱり幸せにはなりませんでしたが、何とか仕事だけは手に入りました。
必死で勉強し、採用試験に合格し、正規採用として教師を始めることになりました。
しかし、教師になったことで満足することはありませんでした。
教育の現場は、ニュースなどでも言われているように、これまたブラックです。
学校で遅くまで仕事をすることはありませんが、家での仕事量が半端なく、毎日夜遅くまで家に持ち帰り仕事をしておりました。
そして、職場内もあまり仲がいいとは言えず、保護者のクレームも多かったので、また心が病み始めました。
私生活では結婚できてない自分への焦りのようなものが、日々のニュースや友人と話すたびに増大し、仕事でも私生活でも不安でいっぱいになりました。
ただ、不思議なことに、子どもと触れ合っているときは心が浄化され、幸せな気持ちになっていました。
子どもたちに支えられ、仕事をしているという感覚が日々強くなっていきました。
授業もなかなか上手くいきませんでしたが、図工の授業だけはなぜかいつも上手くいき、子どもたちの作品を見てはいつも幸せな気分になっておりました。
そんな中、現在の夫と出会い、2人の子どもに恵まれて現在育休中です。
<ラプトブログとの出会い>
紆余曲折ありましたが、結婚し子どもに恵まれ、仕事も休みなのでとても穏やかな日々を送っておりました頃にラプトブログに出会いました。
熊本地震がきっかけです。
我が子を守るために熊本地震について調べ始めて、陰謀論に初めて触れました。
以前付き合っていた彼氏が、陰謀論のことをチラッと話していたのですが、その時は真面目に受け取っておりませんでした。
熊本地震の時に「未来人」という謎の荒らしが、2ちゃんねるで流行っており、そこで陰謀論なるものを真剣に読むようになりました。
初めの入り口はベンジャミンフルフォードの動画でしたが、すぐにベンジャミンの動画は見なくなり、東日本大震災について書かれているラプトさんの記事から読み始めました。
私は文を読むことがとにかく苦手で、頭になかなか入ってこないのですが、ラプトさんの記事はすんなり頭に入ってきました。
とても読みやすく、どんどん読んでしまいました。
そして、読者対談も全部聞いてしまい、キリスト教の記事ということで倦厭していた有料記事を読むようになりました。
2016年の5月ごろだったと思います。
私には始めは難しい話でしたが、「この人の背景には何があるんだろう?」と強い興味を掻き立てられ、聖書も読むようになりました。
すると、そもそもこうやって豊かな恵みの中で生きていることそのものについて神様に感謝するようになりました。
そして、現在がもっとも、自分が求めたものが手に入り、満たされている状態であることに気づきました。
<自分の過ち>
ちょうど信仰を持ち始めた頃、マイホームの計画が進んでいる頃でした。
このまま進めてしまっては、ラプトさんのいう通り、フットワーク軽く信仰生活ができないなという直感はあったのですが、物欲に負けてどんどん進めて行ってしまいました。
住宅ローンという大きな足枷を、分かっていながら自分で負ってしまいました。
案の定、その後神様から「全てを捨てるように」という御言葉と、ラプトさんから愛媛への移住の募集が始まりました。
家族とできたばかりの新築の家を捨てて、全てを捨てて愛媛に行けるかどうか自問自答しました。
自分は全てを捨てられるのか?
明け方の祈りもまだ集中して行えず、寝てしまうような自分の信仰レベルではまだまだなのではないか。
いやいや、このままだと置いていかれる。神様に裁かれてしまう!といった焦りと日々格闘する毎日でした。(焦るというのは結局サタンに負けているということですね…)
やっと、家族と家は捨てられると決心したころ(夫へ宣言しました)、まだ引っかかっていることがありました。
それは教師という仕事です。
20代後半何もなかった私に唯一残されたのは教師という仕事と(棚からぼたもちでしたが)公務員という安定した社会的立場でした。
公務員という社会的立場を捨てられないのは、サタンの仕業だとすぐわかりましたが、教育というものへの未練がずっと引っかかっておりました。
これを捨てられるかどうかを自問自答している中で時間がどんどん過ぎてしまい、ラプトさんへの移住の申請をすることができないまま、どんどん自己嫌悪に陥っておりました。
すると、ある日のラプトさんの有料記事に「移住や一時滞在を希望する方の中で、日々の信仰活動が上手くできない焦りから申請をしてくる人がいるが、そうではなく神様から感動をいただいたかどうかで申請するように」といった内容の一文を読み、今一度自分の信仰活動を見直し、一人での信仰活動の基盤を作ることが大切なのでは?という霊感?(パッと考えが降りてくる感じ)を感じ、現在に至ります。
(余談ですが、その後、マイホームの隣人トラブルが悪化したのは、何かの導きかもしれません(笑))
<今後の展望>
自分の信仰生活を見直す中で、これまで漫然と行ってきた教師という仕事について見直すことにしました。
教育という分野は、みなさんご存知の通り強くサタンに乗っ取られている分野の一つです。
しかし、だからこそ自分が神様のために、神様を信じる子どもたちをもっと増やすために、何かできるのではないかということに気づきました。
公教育は文科省の出している「学習指導要領」というガイドラインに沿って行われているのですが、例えば小学校でいうと図工・音楽・体育などのいわゆる表現の科目については、あまり細かくそれらが定められておらず、かなり自由度が高くなっております。
私は何かを作ることが好きです。なので図工の指導は他の教科より上手にできました。
まずは図工から、神さまに近づける教育活動はできないかと思うようになり、現在神様に提案させていただいているところです。
(もちろん方向性が違ったらすぐに方向転換しようと思っています。)
最終目標は【最高の教育者】ですが、とりあえずまだ経験が圧倒的に足らないため、まずは図工教育の頂点を目指したいです。
子どもたちが神様の存在に気付き、神様のために活動できるようになる教育方法が確立できれば、別に公務員にこだわる必要もなく、塾などの私教育で行うこともできますし、いざとなったら愛媛に向かう所存です。
ただ、絶対的に足りない現場経験を得るためにとりあえず今その環境がある、ここで頑張るべきだと感じました。
なので、1人で信仰生活をしている私にとって、朝会の音声アップは大変ありがたいです。
ただ、育休中でまだ現場に復帰していないので、幼い自分の子どもにしか実践ができません。
しかしせっかくなので、子育ての一貫として実践できるように、我が子や周りの子どもたちへ試しております。
まだまだ始めたばかりですが、実践内容をブログに記録するようになりました。
そして、2歳の娘は、最近神様の絵を描くようになりました。何だかとても嬉しいです。
早く人気ブログになって、伝道できるようになりたいです。
振り返ると、私の人生には必ず子どもとものづくりがありました。
実践するたびに自分の足りなさを実感しておりますが、日々神様に願い求めて頑張っていきたいです。
遠く離れたところから、愛媛で頑張られておられるラプトさんと兄弟姉妹の皆さまのご活躍をお祈りしております。
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このメーネが届いた数日後、同じ方からまた以下のメールが届きました。
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いつも御言葉を届けてくださり、本当にありがとうございます。
今日は朝会の音声を聴き始めて、生活に変化が出てきたことについて、報告と感謝を申し上げたくメールしました。
まずは、先日の台風攻撃でみなさんのことを心配しておりましたが、東温市が神様の力によって守られ、みなさま無事でいらっしゃるとのことで、一安心しております。
先日証のメールをお送りさせていただいてから、「あー、ここは考え違いだったなぁ」「まだまだ捨てられてないものも多く、私は甘いなぁ」と気づいたり、「ここをもっとこうしよう!」と決意を新たにしたり、何だか力が湧いてくるようになりました。
空いてる時間はヘッドフォンで聴いたり、音声を聴きながら2歳の娘と一緒に賛美歌を歌ったりして過ごしています。
私はここ数ヶ月集中して祈ることができなかったり、明け方の時間を寝過ごしてしまったりしていましたが、朝会の御言葉を聴き始めてから、頭の中がクリアになって、雑念が減ったのを強く感じるようになりました。
また、寝過ごしてしまうことも減り、そのあと祈ったとしても雑念を感じることが減りました。
それだけでも十分に恩恵を受けているのですが、娘に変化が現れてきました。娘に神様の絵を描かせたりして、娘が神様という存在をどう受け取っているのか、確認したりしていたのですが、最近は自分から「神さま、ありがとうございます」と言いだしたり、KIDOKOROさんがお作りになった賛美歌を歌い出すようになりました。
今までは一緒にラプトさんが伝えてくださる御言葉を聴いているだけだったので、不思議に思って娘は神様をどう認識しているんだろうと思い、「神さまはどこにいるの?」と聞くと空を指差し、「神様は何をしてくれているの?」と聞くと「はいどうぞ、ってしてくれてる」と言っていました。
「何をはいどうぞ、としてくれるの?」と聞くと「おかし」とか言ってましたが・・・(笑)
しかし、確実に娘の中にも神さまの存在が認識されていることを実感し、改めて神さまが本当に私たちを守ってくださっているのだなぁと思いました。
また、隣人トラブルに悩まされておりましたが、完全にこれはサタンだと気づきました。
気づいてからは、滅びを祈るようになり、逆に「徹底的に滅びを祈ろう!」と心がスッキリしました。
ここ数ヶ月、祈れない時は信仰から離れて脱落しかけていました。御言葉も私には厳しくて、自己嫌悪になりかけていました。
しかし、細々ながらもこうやって信仰に立ち返ってくることができるようになりました。やるしかない!と思えるようになりました。
それもこれもラプトさん、愛媛におられる皆さまが、こうやって朝会の音声をアップしてくださったり、精力的に活動してくださっていることの恩恵を受けられているからだと感じています。
そしてそのように導いてくださった神様のおかげだと感じています。
本当にいつもありがとうございます。
サタンの攻撃は強力だと思いますが、お体にお気をつけて、ますますの発展とご健勝をお祈り申し上げます。
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今月に入ってから、愛媛の教会で朝の祈り会を始めるようになり、その祈り会の様子を音声でアップするようになりました。
それ以来、この方のように信仰と愛の次元がぐんとアップし、自然と聖霊に満たされて生活できるようになったという方が次々と出てきています。
今では、そのようなメールが数多く寄せられるようになりました。
神様も皆さんが一生懸命に信仰生活を送っておられるのを見て、皆さんをもっと祝福したいと思って、急いで愛媛の教会を建てられたのだと思います。
皆さんのメールを読みながら、そんな神様の深い心情が伝わってくるのを感じました。
私としても、皆さんの信仰がどんどん成長し、祝福に満たされているのを見てとても嬉しく思います。
これからも引き続き読者の皆さんからの証言を募集いたします。
どうぞ奮ってご応募下さい。
壱
Posted at 22:11h, 22 9月証言者様の記事を読んで、自分と同じ感覚を受けたので、なんだか嬉しく思い、コメントします。
私も工作や絵を描くことが好きです。昔から創作が好きです。でも文章が苦手で、言い訳になるのかもしれないですが、本をよむと、書き手の思いや洗脳を受けそうで、何故か本が、活字が苦手でした。でも言葉には何かしら強い力があるのだという意識はありました。
raptさんの記事は凄く読みやすく、サラッと読めてしまったのですが、今思えば、無駄な知識がなかったからかえって、良かったのかもしれません。
お子さんとの信仰生活楽しいですよね。ウチも賛美歌を一緒に歌ったり、お祈り会をしています。
子供の方が強くって、上手で、なんだか凄いって思うんです。
子供達が悪魔の支配下で洗脳教育を受けることがないよう、何かできると良いですよね。
私も強く願います。
これからも兄弟姉妹の方々と力を合わせて、あらゆる分野で神様の御心を成せるよう、必死で学び、求めたいと思います。
AN
Posted at 08:23h, 23 9月貴重な体験談のアップありがとうございます。
ここ数ヶ月明け方のお祈りができなかったり、仕事でたくさんの妨害に会い、心が折れかけていました。僅かなお祈りの時間に神様に謝る日々でした。
今回の体験談は自分に通じるところがたくさんあり、涙ながらに読ませていただきました。
今、主の大いなる計らいによりこの環境に置いてくださったことに感謝します。練達に耐え忍んで、いつかRAPTさん、兄弟たちと顔を合わせる日を励みに頑張ります。(夢ではお会いしましたが…)
主が共にいてくださることに感謝します!ありがとうございます。
AO2
Posted at 12:51h, 23 9月ラプト様、証言者様、新たな体験談をありがとうございます。
私の住む地域のいくつかの小学校でも、教職員内でいじめまがいな事があったり、教員が来なくなって1年に何回も担任が変わったり、酷いのは覚せい剤で逮捕、子どもへのわいせつ事件までもあったらしく、教育方法だけでなく、教職員側もかなり闇が浮き出ているのを実感していました。
教員界の悪の体制が無くなり、本来のあるべき良い教員が実現されるよう、証言者様や兄弟姉妹の使命が果たされるように、心からお祈りします。
また、うちの子も、神様のうたなるものを自分で即興で歌ってたり、笑ってしまうのもあるけど、純粋な歌詞に、本当に子どもは神様をまっすぐに信じられるんだなと感じました。
子どもの歌いやすい成約時代のこども賛美歌があっても素敵だなとふと思い、自分も時々考えてみたりしていますが、やはり子どものような純粋さはなかなかだせず…
本当に、心を清めて純粋さを戻したいですね。
それから朝会の本当に、毎日の御言葉が聴けるようになったのは本当に素晴らしいお恵みです。
お祈りも賛美も東京から一緒に参加しているような感覚になります。本当に感謝感謝です!
私も証言者様と同様、いつか愛媛に行けるよう、雑念が無くなるように、聖霊を受けられるように、次元を上げるために、もっともっと励もうと思います。
あやこ
Posted at 16:37h, 23 9月RAPTさん、証言者さん、また素晴らしい証言を有難うございました。
この証言者の方は一般企業を経験されてから教師の道に進まれたことで、教師一筋の方よりも広い視野で客観的に教育現場をご覧になれるのでしょうね。
私も教師を目指しながら、全く違う道に進んだ者です。私の場合は教育実習の時にかっこ今の自分には無理だ、と感じて選ばなかったのですが。
先のコメントにもありましたが、RAPT理論と信仰を持っている教師の方がいらっしゃることに希望を感じます。
特に工作は先生の色が出ますよね。息子の小学校時代の絵はクラス中が同じような構図と手法で、コピーみたいだなとガッカリした経験があります。それなのに県展にまとめて入賞していて、何だかとても変な感じでした。
私も子供の絵や感性が大好きで、独創的でキラキラとした個性に癒されます。
この方のもとで、天の文化芸術の感性を育む子供達が育つのが楽しみです。そして義人のネットワークでそれが全国に広がっていくことを強く望みます。
どうか主が力と構想をお与えくださいますように。
LINA
Posted at 13:59h, 26 9月素晴らしい、読むだけで希望が溢れる証をありがとうございます!
子供の担任が信仰を持つ方だったら…と思ってましたが、教師で信仰をお持ちの方がいらした事に感動しました。
最近は下品な漢字ドリルがブームになっており、義父母から小二の息子にも送られてきました。気持ちはありがたくも苦々しく、自分で聖句や御言葉で漢字ドリルを作ろうと思い立ちました。大したアイデアでは無いですが、6年生までの漢字でとりあえず作りたいと思ってます♪
寝る前は、子供の希望で聖書マンガを読むか聖書クイズをする事が多いのですが、普段の学校の勉強では神様を感じるような事は無いので、少しでも食い込ませようと企んでます(笑)
小学生だとなかなか聖書自体は難しくて読めませんが、聖書マンガでも子供レベルであればかなり頭は良くなるのではと思います。罪の意識が芽生えて、神様の目を意識することで自然と自分を律することができるようになっているようです。
単純にそのまま、お勉強教材としても使えますが。ギデオンが神様から兵士の数を減らすよう命じられる場面では、引き算をさせて楽しみました。桁が大き目だったので簡単過ぎずちょうど良かったです。
聖書クイズはネタが豊富なので飽きることなく盛り上がって楽しいです。『トム・ソーヤーの冒険』の中で、トムが牧師からされた「イエス様の初めの弟子となった二人の名前は?」という質問に「ダビデとゴリアテ!」と誤答し、生徒たちが大爆笑、という話があり、同じく息子と私も爆笑しました。そこから、聖書クイズをしよう!と思い付いたのですが、普通の日本の小学生なら笑えない所で爆笑できることも幸せですね。因みに「初めの弟子の二人、誰?」と聞くと「ペテロとアンデレだよ。そのくらい分かるよー」と答えられ安心しました。最近はかなり難し目のクイズになってきて私も苦戦してますが、とても面白いのでお勧めです。
子供の心に神様が当然のこととして認識されるというのは本当に喜ばしいことですね。次男は4才で、私と長兄のマネをしてお祈りしてますが「でんぐり返りができますように」「5歳になれますように」という感じです。現世利益か意味不明か(笑)聖書クイズにも参加してきて、「ソロモンの死後の王様について。北イスラエルはヤロブアム、では南のユダ国は誰でしょう?ソロモンの息子だよー」というクイズにも「イエス様!イエス様!」と叫んで煙たがられています。人物問題では何でもイエス様です。それしか知らない。今からいっぱい教えていきたいです。
私も朝の祈り会から大いなる恵みを受けています!本当に最高ですよね。遠い地から祈り会の清さを感じられ毎朝感動してます。
多くの方が朝の祈り会をお聞きになり、神様の絶大な愛を感じられますように。