RAPT | 行き詰まったときこそ、人生の本当の意味が見えてくる。
前向きに生きる 逆境 落胆 人生の意味 バブル景気
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行き詰まったときこそ、人生の本当の意味が見えてくる。

行き詰まったときこそ、人生の本当の意味が見えてくる。

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アベノミクスによる意図的な日本経済の破壊によって、国民の多くが経済的に行き詰まりつつあります。
 
会社からもらう給料はずっと変わらないし、人によっては逆に減っていることでしょう。派遣労働者の場合、極端に減っているケースもあるのではないかと思います。
 
しかも、いま勤めている会社もいつまで経営が維持できるか分からないし、あるいは自分がいつ首を切られるかも分からない。そう思って、不安におののきながら毎日を生きている方もいらっしゃるかも知れません。
 
そんな日本の現状を見ていると、私は心底からこの日本をどん底に突き落とした安倍首相とその取り巻きたち、またその背後にあるアメリカ、ユダヤ金融資本に激しい憤りを感じざるを得ません。なんとしてでも彼らを叩きのめしてやりたいという憤懣やるかたない思いです。
 
しかし、その一方でこういう辛い経験を一度は国民全体が味わっておいた方がいいのかも知れないな、という気持ちもなきにしもあらずです。
 
というのも、バブル景気に浮かれ騒いでいた頃の日本が、正直なところ、私はあまり好きではなかったからです。あの頃の日本人はほとんど誰もが毎日の生活に満足していて、先のこともろくに考えずに安穏と暮らしていました。そのため、人が何かの物事について、自分の人生について真剣に深く考えたりしていると、かえって馬鹿にされたり、どん引きされたりしてしまうような風潮がありました。
 
皆、会社が終われば当たり前のように飲みに行って馬鹿騒ぎをし、その翌朝になると二日酔いで頭がガンガンする状態で出勤する。そして、また夜になれば歌えや踊れやの大騒ぎ。それがバブル時代の日本の有様でした。確かディスコなんかが流行ったのもあの頃のことでしたね。
 
しかし、今の国民は毎日飲むだけのお金もないし、例えお金があったとしても、乱痴気騒ぎするだけの気力がない。それどころか、明日のことが心配でたまらず、仕事を終えて家に帰っても毎日頭を抱えて悩まなければならない。人によっては鬱になり、鬱が高じて身体を壊してしまったりもします。
 
そんな状態が続くことが決していいことだとは思いません。それはやはりとても不幸なことです。とても悲しいことです。しかし、そのような逆行の中にあるからこそ、人は自分の将来について真剣に考え、自分の生き方を深く見つめ直すものではないでしょうか。そして、様々な人の言説に触れたり、様々な人と交流しようとしたりして、さらなる向上を目指して生きていくことにもなるでしょう。単に飲んだり歌ったりという空虚な生き方ではなく、自分の人生のさらなる向上のために甲斐のある生き方をするわけです。
 
したがって、私はこのような経済的な苦境もそれなりに意味のあることではないかとも思っています。このような時を経てこそ、日本がさらなる成熟に向かっていくのではないかという気がしないでもないからです。
 
そうです。今の時代は私たち一人一人が自分の生きる本当の意味を見い出せる最大のチャンスなのです。少なくとも私はそう思います。ですから、どんなに辛く大変だとしても、落胆せず、くよくよせず、常に前を向いて真剣に歩いていきましょう。そうすれば必ず希望は見えてくるはずです。
 
そして、そのように生きることが、我々をこれほどまでに苦しめた悪なる支配者たちに一矢報いることになるのではないかと思います。
 

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